新聞や経済誌、インターネットニュースで「ブロックチェーン」という言葉を目にする機会はかなり増えた。ブロックチェーンの大きな特徴は、「データ改ざんの困難さ」である。この特徴を利用し、仮想通貨や不動産、IoT(モノのインターネット)など多様な用途で信頼性の高い取引や契約ができるようになる。昨今、世間をにぎわせている文書データ改ざん問題も、ブロックチェーンを用いると回避可能とされる。様々な分野で使えるブロックチェーンだが、こうした特徴をブロックチェーンが備える理由を理解することは、情報技術の専門家以外にとって難解な部分があり、誤解が生じるケースもある。IoTコンサルタントの伊本貴士氏(メディアスケッチ 代表取締役 兼 サイバー大学客員講師)に、ブロックチェーンが普及したときのビジネスシーンやブロックチェーンの仕組みなどを易しくひも解いてもらった。

(大久保 聡=日経BP総研)

謎の人物「サトシ・ナカモト」の論文が始まり

<b>伊本 貴士(いもと たかし)</b><br/>メディアスケッチ 代表取締役 兼 コーデセブン CTO、IoT検定制度委員会メンバー、サイバー大学客員講師。2000年にNECソフト入社、Linuxのシステム構築を主な業務として行う。フューチャーアーキテクト、クロンラボの情報戦略マネジャーを経て、メディアスケッチを設立。IoTを中心に企業への技術支援、教育支援のコンサルティングを行う。研究分野では人工知能、無線セキュリティー、ロボット制御を中心に研究を行う。IoTや人工知能などの最先端技術分野における講演多数。
伊本 貴士(いもと たかし)
メディアスケッチ 代表取締役 兼 コーデセブン CTO、IoT検定制度委員会メンバー、サイバー大学客員講師。2000年にNECソフト入社、Linuxのシステム構築を主な業務として行う。フューチャーアーキテクト、クロンラボの情報戦略マネジャーを経て、メディアスケッチを設立。IoTを中心に企業への技術支援、教育支援のコンサルティングを行う。研究分野では人工知能、無線セキュリティー、ロボット制御を中心に研究を行う。IoTや人工知能などの最先端技術分野における講演多数。

 私は様々なところで講演をするたびに言っていることがあります。それは、第4次産業革命時代において世界を変える技術が「IoT(モノのインターネット)」「人工知能(AI)」「ブロックチェーン」ということです。これらの中で、ブロックチェーンは比較的最近になって注目度が高まってきた技術と言えます。

 ブロックチェーンの始まりは、2008年にサトシ・ナカモトという謎の人物が書いたビットコインという仮想通貨に関する論文です。仮想通貨の仕組みを理解するのは情報技術の専門家以外にとって難解な部分がありますが、ご存じの通り、ビットコインをはじめとする仮想通貨は世界中から大きな注目を集め、流行となっています。もはや専門家でなくても、ブロックチェーンは身近な技術になりつつあります。

 私を含め多くの有識者は、このブロックチェーンには非常に大きな可能性があるとみています。適用範囲は仮想通貨にとどまらず、それどころか産業や社会に与える影響度が仮想通貨さえもはるかに凌ぐ用途を生み出す可能性を秘めていると考えています。

 もしかすると、インターネット以来の大発明になるかもしれません。「いくらなんでもそれは言い過ぎでは?」と思う読者の方々もいらっしゃるかもしれませんが、ブロックチェーンはインターネットのように、社会の価値観そのものを変える可能性があります。

契約、仕入れ、発注、業務委託、全て仮想で完結

 ここからは、少し未来の話をさせていただきます。全く新しい価値観の話なので、皆さんは頭を一度リセットして新鮮な気持ちで読んでいただければと思います。

 結論から申し上げると、ブロックチェーンの世界では、すべてが仮想世界で完結します。それは同時に、例えばビジネスというものが現実世界とは関係なく、一人で自宅の部屋にいて誰とも会話することなく成立することを意味しているのかもしれません。

 そのような世界においては、ビジネスの進め方は現在と大きく違ってきます。会社の資産状況とか、従業員数とか、相手の肩書きとか全く関係なく日々の取引が行われるかもしれません。分かりやすく言い換えると、全ては仮想の世界で物事が起こり、そこに現実世界の価値観は全く関係がないのです。

 なぜそのような世界になるかと言えば、ブロックチェーン技術が普及すると「取引」というものは、仮想世界での契約(いわゆるスマートコントラクト)で成立するからです。仕入れ、発注、業務委託、全て仮想世界で済んでしまいます。

 取引相手の仕事に対する品質や信頼性は、全てブロックチェーン上に記録されています。これまでの取引履歴、成果物の品質、使った素材の内容、もしかするとこれまで受けた評価までもブロックチェーン上に記録されています。その履歴をトレースすれば、相手がどのような企業(もしくは個人)なのかが、分かるのです。

 極端に聞こえるかもしれませんが、要するに適正な価格で、それに見合った仕事をやってくれれば、相手がどこの国の誰であろうが構わないというわけです。

 実際に、インターネットの世界ではこのようなことが既に起こっています。例えば、Webサイトの制作やデザインの場合、クラウドソーシングというサイトで企画書をアップロードすれば世界中のWebデザイナーがそれに対して応募してきます。そのうちの一人を選んで発注すれば、それに応じてWebデザイナーが成果物を作ってくれます。そのWebデザイナーが、どこの国の、何歳の人かは関係ありません。他の例として、Uberが世界各地で事業展開する配車サービスもあります。目的地で決まった価格で運んでくれれば、ライドシェアでも、どこのタクシー会社でも、個人タクシーでもいいわけです。

 ブロックチェーンの技術が進めば、企業や個人が日々行う様々な「契約」や「取引」というものが、すべて仮想世界で完結しスムーズになる可能性があります。私は様々な企業に赴いて技術的な視点から経営上の問題点を見ていますが、多くの企業は営業や契約、発注、受注などの事務作業に多大なコストをかけています。それが、全てなくなると考えると、いかに世界が効率的になるかがよく分かるかと思います。

 さらに進むと、全ての取引は自動化される可能性があります。そうなれば、社会の生産活動はほぼ自動で動くかもしれません。ロボットが働き、受発注や契約などの事務作業は人工知能がブロックチェーンの仕組みを活用してすべて自動で行うという世界が、SFの世界ではなく現実となる可能性があるのです。そこに必要な人間は、システムを見守る管理人だけです。

文書データ改ざん問題、ブロックチェーンを使うと…

 ここで、技術的な視点でブロックチェーンを考えてみます。前述したように、ブロックチェーンはこれまでにはない価値をいくつも社会に提供してくれる可能性を秘めています。ただし、その可能性をすぐに理解するのは容易ではありません。なぜなら、ブロックチェーンは基盤技術であるため、その価値はかなり“技術的な”価値であり、一般の人が直接感じる価値ではないからです。

 例えば、ブロックチェーンはいわゆるデータベースの役割を果たすわけですが、一般のデータベースと違って、チェーンネットワークに参加する多くのコンピュータに分散してデータを保存します。仮に100台の端末がネットワークに参加した場合、100台にデータが保存されているということになります。そのうちの1台のデータが改ざんされても99台には元のデータがあるので、どっちが正しいデータかすぐに分かるわけです(少なくとも50%超、この例では51台以上のデータを同時に改ざんすると、「改ざんを成功」できるという問題は残りますが)。

 現実にビットコインのネットワークには、世界中のコンピュータが参加しデータを分散しています。そのため、データを改ざんするのは至難の業です。その他にも、改ざんを検出する仕組みなどがあり、要するに「データの改ざんがかなり難しい」と考えられるというわけです。ブロックチェーンにはシステム運用のコスト削減など様々なメリットがありますが、一番大きいのはこの「データ改ざんの困難さ」と考えてよいでしょう。

 この「データ改ざんの困難さ」について見方を変えると、世界規模での公正なデータ共有という価値が浮かび上がってきます。一つ私のアイデアを述べると、例えば今年日本で問題になっている「文書データ改ざん問題」ですが、あれはブロックチェーンを利用すれば即時に解決します。ブロックチェーンに登録したデータは改ざんが難しい上に、パブリックに参加できるネットワークにすれば、国民の誰もがネットワークに参加して登録時点の文書データを保存することができます。

 ここで一つ誤解のないように断っておきます。この場合、本当に文書データをブロックチェーンに保存するわけにはいきません。データ量が膨大になる上に、そもそも文書の内容を全てさらしてしまうからです。そこで、文書データのハッシュ値をブロックチェーン上に記録します。ハッシュ値とは、データをハッシュ関数で「要約」した256ビットなどの小さなデータですが、元のデータが1ビットでも変わると、そのデータのハッシュ値も変わるという性質があります。そして、ハッシュ値なら、元の文書データを復元することは不可能です。つまり、文書の内容がさらされることはありません。

 結果的に、元のデータをちょっとでも書き換えるとハッシュ値も変わるので、例えば1年前にブロックチェーン上に記録された文書データのハッシュ値と、現在ある文書データのハッシュ値を比較すれば、そのデータが1年間に改ざんされたかどうか検証することはできます。1年前の文書データのハッシュ値は全世界で共有されているので、ハッシュ値も改ざんすることは事実上不可能です。

 あとは、文書やデータが書き換わったことが確実に誰でも検証できるという、このブロックチェーンという仕組みを導入するのか? という人間世界の話になります。そこは私の専門外なので、それに関して述べるのは控えます……。

暗号化など必要な技術は他にも

 ブロックチェーンについては、世の中で少なからず勘違いされることがあります。それは、「仮想通貨=ブロックチェーン」という大きな誤解です。仮想通貨の基盤技術としてブロックチェーンが利用されていることは間違いありませんが、それだけで仮想通貨の価値はありませんし、今日のように広く世界に普及することはなかったでしょう。

 ブロックチェーンをビジネスで活用するには、このことに対する理解が必須といえます。実際に、ビットコインやイーサリアム、今年話題になったNEMもブロックチェーン技術を使って記録を残しているというだけで、ブロックチェーンの技術だけで成り立っているわけではありません。その他にも各仮想通貨には、それぞれの取引するための専用クライアントソフトが無料で提供されていて、暗号化に必要な鍵を管理するウォレットという仕組みや、暗号化を行う処理を手伝った人に報酬を支払うPoW(Proof of Work)などの仕組みがあります。

 ただ、これらの仕組みを備えていても、個人間で仮想通貨の取引をするのは、あたかも未公開株を個人間でやりとりするようなもので広く普及できるものではありません。そこで登場するのが、取引所というシステムです。これによって、個人が気軽に仮想通貨が売買できるようになりました。取引所では、同じ値段で購入と売却したい人同士をマッチングすることで初めて多くの取引が成立します。今日では、世界中で仮想通貨が取引されるようになっています。

 ブロックチェーンは、多くの組織や個人が、国や所属に関係なく参加することで大きな価値を提供します。実際、ビットコインというネットワークにも、様々な国の取引所、PoWを専門に行う企業などが参加しています。そして、ご存じの通り、話題になったコインチェックのような取引所が数百億という利益を得ていたことが明らかになりました。ブロックチェーンで価値を生むには、仮想通貨の事例のように、多くの参加者が集まる仕掛けが欠かせません。

企業はブロックチェーンとどう向き合うべきか

 今後、仮想通貨以外にも、ブロックチェーンによって新しい秩序というものが次々と生まれるでしょう。電気、穀物、不動産などは、数年先には全て仮想ネットワーク上でリアルタイムに個人や企業が直接、数秒単位で取引している状態になっても、私は驚きません。

 そして、企業はその変化の中で、仮想通貨の取引所のように新しいビジネスチャンスがどこにあるのかを探さなければいけません。正確に言えば、探すのではなく、創造するのです。

 創造には、知識が必要です。よって、まずは経営者や経営幹部がブロックチェーンというものの本質を理解し、強力な推進力で実際に様々なトライアルを重ねることで新たなビジネスを創造していくという姿勢が重要です。

 ブロックチェーンの基盤システム開発は、イーサリアムなど世界中にいくらでもソースコードが無料で配られていますし、コードを書けばいいだけです。それよりも企業が優先すべきなのは、ブロックチェーンを活かしたビジネスモデルの創造と、取引所のような広く参加者を集めるための周辺システムの構築なのです。これを理解できない企業は、間違いなくブロックチェーンで無駄な投資をすることになるでしょう。

 なお、本稿の冒頭で、第4次産業革命時代に世界を変える技術としてIoT、AI、ブロックチェーンを挙げました。これら3つに近々、「量子コンピュータ」が加わってきます。次々に登場してくる新しいテクノロジーに対し、ビジネスパーソンは常に目を光らせていなければなりません。

この記事は、日経BizGateに掲載したものの転載です(本稿の初出:2018年5月24日)。

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