メガバンクに同期で入社したが、3年以内に辞めた3人を含む4人が立ち上げた、仮想通貨のシンクタンクがある。エストニアで活動する、Baroque Street(バロック・ストリート)だ。
全員が20代なかばの4人はいま、共同生活をしながら、仮想通貨の格付けを柱としたサービスの開発を進めている。
CEOの福島健太さん(25)は「1年間、自腹で仮想通貨の研究を重ねてきた。有益な情報を提供できるシンクタンクとしての位置づけを固めたい」と話す。
石畳の道が残るエストニアの町並み。
提供:Baroque Street
バロック・ストリートのメンバーは、福島さん、安廣哲秀さん(26)、松嶋真倫さん(26)、瀬戸口暁さん(26)の4人だ。瀬戸口さんを除く3人は、メガバンクの同期だった。
京都大の農学部でマグロの生態を研究していた福島さんは、2015年4月に新卒でメガバンクに入社した。
強い違和感を覚えたのは、新人研修の初日だった。
新人たちが並ばされ、スーツ、ネクタイ、髪型を先輩行員がチェックした。カギを紛失した新人がいれば、どうしたら紛失を防げるか、みんなで話し合いがある。福島さんは「ここは、中学校か」と思った。
研修では、あまり多くはないけれど、気の合う同期もいた。
安廣さんは「銀行員時代、会社の枠組みぬきで会話ができるのが福島だけだった」と振り返る。福島さんと松嶋さんの2人は、研修初日にして冗談交じりに「辞めようか……」と意気投合した。
「これが、きみの仕事なのか」
仮想通貨を専門とするシンクタンク「バロック・ストリート」を立ち上げた福島健太さん。
撮影:小島寛明
一方で、福島さんが仮想通貨に出合ったのもこの研修だった。
グループで「50年後の銀行の姿」についてプレゼンテーションをすることになり、テーマに仮想通貨を選んだ。「旧態依然とした銀行が、すぐに入っていけるとは思わなかったけれど、いずれ必ずかかわってくる」(福島さん)と考えた。
グループで新聞の記事や書籍を読み込み、発表をしたが、同期の行員たちの反応はいまいちだった。
研修を終えた福島さんは神戸市内の支店に配属された。仕事を覚えるのに必死だったこともあって、しばらく仮想通貨のことは頭を離れていた。
2016年1月、法人営業に異動し、地域の企業150社ほどを担当することになった。
ある日、得意先の企業から受け取った契約書に署名はあったが、印鑑が押されていなかった。印鑑がないと、行内の稟議を通らない。
印鑑をもらいに会社に行くと、経営者が言った。「これが、きみの仕事なのか。きみは、もっと大事な仕事ができる人だと思う」
少しずつ業務を覚え、仕事には充実感もあったが、いつも「3年以上勤めると居心地が良くなる。その前にやめよう」と考えていた。福島さんは、法人営業に移動して半年後の7月、銀行を退職した。
バロックストリートは、共同生活している住宅をオフィスにしている。
提供:Baroque Street
銀行を辞めたあと、福島さんは仮想通貨のトレーディングを始めた。きっかけは、安廣さんが海外の取引所と国内の取引所の価格には、差があると気づいたことだ。海外の取引所で仮想通貨を仕入れ、国内の取引所で売れば利益が出る。
2017年1月には、安廣さんが銀行を辞めた。「福島とちょくちょく会ううちに、合流することにした」という。
東京の田園調布に家賃が月17万円の一軒家を借りて、共同生活も始めた。新人研修で意気投合した松嶋さんは、まだ銀行の寮で生活していたが、「一緒に住まない?一緒に暮らせば、ぼくらが何をやっているのかわかる」と福島さんが声をかけた。
松嶋さんも、仮想通貨のマーケットレポートを書きはじめた。「福島にうまく丸め込まれ、2人を手伝ううちに、気づけば自分もフルコミットしていた」と振り返る。
生活をともにしながら取り組んだのは、仮想通貨の研究だ。福島さんは当初から、「仮想通貨は、学習コストがすごく高い。大企業が手の届かないところをどんどん研究すれば、必ずニーズがある」と考え、シンクタンクの立ち上げを目指した。
2017年は、価格の高騰で仮想通貨への注目が集まった。バブルの様相を呈していた同年秋、研究成果をまとめたレポートを封書に入れ、金融機関など60社に送った。メールでは、黙殺されると思ったからだ。
60社に送ったレポートに返事が1件もなかった
バロックストリートの食卓。金曜日以外は、いっしょに食事している。
提供:Baroque Street
多くの反応があるものと信じて疑わなかったが、1社も返事はなかった。
「ぼくらみたいな、目立った経歴のない者では、なかなか話を聞いてもらえない。だから、一度日本を離れて、海外でしか取れない情報を取ろう」と、2018年4月に欧州に向かった。福島さんの学部時代の同級生で、博士課程で畜産を研究している瀬戸口さんも加わった。
4人が当面の仕事場に選んだのは、ブロックチェーン関連の先進的な取り組みで知られる北欧の小国エストニアだった。エストニア政府は、行政システムの電子化を積極的に進めていることで知られ、ブロックチェーン関連のスタートアップ企業も多い。
4人は同国の首都タリンでも一軒家を借りて同居しながら、1500種類以上が流通しているとされる仮想通貨の格付けに取り組んでいる。
オフィスは写真にも写っている借家だ。午前10時に仕事を始めて、午後5時まで作業。昼食と夕食はおもに、瀬戸口さんがつくる。
日本でも欧州でも、ブロックチェーン関連のイベントは毎日のように開かれているが、福島さんは、内容が二極化していると感じている。
- 早い時期から仮想通貨に携わっている人たちが、一般の人には理解できない高度な内容を話す
- 「このICO(Initial Coin Offering)は、めっちゃもうかりまっせ」といった金もうけの話ばかりする
暑い日は、庭で仕事をすることも。
提供:Baroque Street
「一定の時間を使って情報を集めて、仮想通貨に投資をしたい一般の人に有益な情報が少なすぎる」と福島さんは言う。バロック・ストリートの格付けの考え方はおもに、次のとおりだ。
- 取引所で取引されている仮想通貨のみを扱う
- 個人投資家や機関投資家が資産として保有するうえで参考となる情報
- ICOの実施主体がトークンを売り出しているが、市場には流通していないものは除外
- プロジェクトの進ちょくにも注目
バロック・ストリートは、「競争の激しさ」「プロダクトの進ちょく」「技術的難易度」「運営サイドの保有率」「創業メンバーのポテンシャル」「法規制のリスク」「保有のインセンティブ」など、150種類ほどの評価項目を定めている。
2017年実施されたICOのほとんどが詐欺的だったとする分析も出るなど、ICOをめぐる現状は混沌としている。だからこそ、4人は手間ひまをかけた格付けに意味があると考えている。
年内に200通貨ほどの格付けをしたうえで、本格的な事業化を進める予定だ。
(文・小島寛明)