仮想通貨だけではない、ここにもブロックチェーン
食肉に風力発電、美術品――。ブロックチェーン(分散型台帳)の活躍の場が広がっている。ビットコインなど仮想通貨の基盤技術のイメージが強いが、改ざん不可能という高いセキュリティー性に着目すれば需要は多岐にわたる。柔軟な発想で新たなサービスの開発をけん引するのはスタートアップだ。
シカ肉の流路を完全把握
「シカをブロックチェーンで管理できませんか」。ソフトウエア開発のカドルウェア(静岡県三島市)の大前匡佐社長のもとに依頼が舞い込んだのは2017年の夏のことだ。依頼主は、日本ジビエ振興協会(長野県茅野市)。野生動物からとった食肉(ジビエ)の流通管理用のデータベースを構築できないかとの打診だった。
実はジビエには、牛肉や豚肉などを対象とした屠畜(とちく)場法などの法律が適用されない。品質の基準や加工方法などが厳密に管理されておらず、大手食品チェーンなどはメニューへの採用に二の足を踏んでいた。
一方で、国内では農作物被害を防ぐなどの目的で、シカやイノシシの捕獲頭数が15年時点で05年比約3倍に急増している。今は多くが廃棄処分となっているジビエを有効活用したいが、どの段階で誰が加工しているかを見える化しなければ、消費者に安全を届けることができない。
トレーサビリティー(生産履歴の追跡)構築が必要だったが、多額のシステム投資はできない。そこで「運用コストが安価で信頼性のあるブロックチェーンに目をつけた」(ジビエ協会事務局の石毛俊治氏)。
大前社長は、テックビューロホールディングス(東京・千代田)が提供するブロックチェーン基盤「mijin(ミジン)」でジビエ管理システムを開発。17年10月から全国7カ所の加工施設に導入した。
捕獲者や解体施設名、解体者、日時、さらに衛生手順をクリアしたかなどの情報を入力する。飲食店や消費者はジビエのパッケージに印字された11ケタの番号かQRコードを読み取るだけで情報を入手できる。
農林水産省は5月、認定した施設で加工をしたジビエには認証マークが得られる仕組みを整備した。将来は、ジビエ協会のブロックチェーンの仕組みとの連動を検討していくという。
仮に一つの台帳がハッキングされ改ざんされたとしても、他の台帳との整合性がとれなくなるため、結果として改ざんがほとんど不可能となる。この高いセキュリティー性が、ビットコインをはじめとする仮想通貨の基盤技術となっている。
一方で、重装備なセキュリティー技術が仮想通貨の使い勝手を悪くしているという皮肉な側面もある。取引回数が多くなると、その履歴の管理に膨大なメモリーと回線容量が必要となるため、決済のスピードが落ちコストも高くなる。クレジットカードなら数秒で済む決済が仮想通貨では数分かかるといった事態も起きており、リアルな店舗で利用が広がらない一因となっている。
ブロックチェーンは、仮想通貨に使われていることが特色なのではない。履歴情報を精緻に記録し改ざんはほぼ不可能だという点が真骨頂で、仮想通貨は用途の一つにすぎない。調査会社のIDCジャパン(東京・千代田)の17年の調べによると、同年に10億円未満だったブロックチェーン関連の市場規模は、21年には約30倍の298億円になると予測する。
そのエネルギーの出所は何か。電力自由化が進む中、エネルギーのトレーサビリティー証明にもブロックチェーン活用の期待が集まる。
新電力スタートアップのみんな電力(東京・世田谷)はブロックチェーンを使った再生エネ電力販売サービスを始める。まず丸井グループに9月から提供。一部の店舗について、青森県の風力発電所3カ所でつくった電力で賄ったことをブロックチェーンで保証する。
仕組みはこうだ。発電した電力に、30分単位でトークン(デジタル権利証)を発行し電力需要家に提供する。どこの発電所でいつつくった電力かをトークンが証明する。
米アップルなどグローバル企業の多くは、部品などの納入企業に対し、再生エネ電力で生産したことの証明を取引条件の一つにしている。「ミネラルウオーターのように電力をブランドで選ぶことが可能になる」(みんな電力の三宅成也専務)とみている。
転売益をアーティストに還元
履歴の管理は、これまでIT(情報技術)と縁遠かった分野でも活用が見込まれる。東京メトロの四谷三丁目駅から徒歩5分。かつて銭湯だった建物にある四谷未確認スタジオ(東京・新宿)では、美術家の黒坂祐氏の個展が開かれている。ただの個展ではなく、美術とブロックチェーンを組み合わせた実証実験を兼ねている。
仕掛けたのはスタートバーン(東京・文京)。ブロックチェーン上には、社交場の会員情報に加えて、美術品の来歴情報などを保存する。誰の作品か、誰が買うのか、これまでの取引価格は――。こうした美術品に関する一切の情報を管理して取引しやすい環境を整えることが目標だ。
さらに踏み込んで、美術品が転売されるたびに、その転売益の一定割合が美術家に還元される仕組みを構築したいとの思いもある。「最近は契約社員などで稼ぎながら創作活動をする人が多い。きつい時代になってきた」と嘆く黒坂氏の思いに共感。ブロックチェーンを使って作品の時価評価を芸術家が手に入れれば、アートの世界が活性化するとみている。
活用方法を探る取り組みも進む。7月20~22日、東京・六本木のオフィスビルで、ブロックチェーンを活用してインバウンド(訪日外国人)向けの事業アイデアを競うハッカソンが開かれた。
「国境を超えた学割を提供したい」。開発者コミュニティー「ハイイーサ」を運営する町野明徳氏のグループが提案した学生向けサービスが大賞に輝いた。イーサリアムを使った身分証明サービス米uPort(ユーポート)と連携して、学生としての身分を証明できる。世界のどの国でも、学割が享受できるようになるサービスだ。
ハッカソンを主催したのは、自身もブロックチェーン開発のクーガー(東京・渋谷)を率いる石井敦社長。「通貨関連以外の現実世界への適用が進んでいない。現実世界ではユーザー認証が根本的に必要になる。それを使ったサービスを考えてもらった」と開催の経緯を説明する。
スタートアップを中心に新サービスの動きは活発だ。しかし、ブロックチェーン基盤を開発するイーサリアム財団(スイス)の宮口礼子理事は「日本ではアプリケーション(用途開発)が目立ってきていない」と一段の奮起を促す。それだけブロックチェーンは画期的な技術であり、大きな可能性を秘めているということだ。
(矢野摂士、榊原健、京塚環)
[日経産業新聞 2018年8月1日付]