ブロックチェーン技術で障がい者の仕事を増やしたい—— DMMとヴァルトジャパンの挑戦

障がいのある人たちの雇用率を、中央省庁や自治体が水増していたことが次々に明らかになっている。

「率先して障がい者を雇用すべき立場」(加藤勝信厚生労働相)であるはずの公的機関がこの惨状では、障がい者が仕事を通じて参加しやすい社会だとは、とても言えない。

こうした中、ヴァルトジャパン(東京都中央区、以下ヴァルト)とDMM.com(港区)が、ブロックチェーンを基盤に、障がい者が仕事を受ける仕組みづくりを進めている。

企業と障がいのある人たちを仕事でつなぐサービスを展開するヴァルトを、ブロックチェーン関連の事業を進めるDMMが技術面などで支援する。年内に、仕事の対価をトークンで受け取る仕組みの実験も始める考えだ。

起業の原点は自身の摂食障害

小野さん川本さん

ヴァルトジャパン代表取締役の小野貴也さん(右)と、DMM.comスマートコントラクト事業部長の川本栄介さん(左)。

ヴァルトは、2014年8月に小野貴也さん(30)が立ち上げた。起業の原点は、自身の摂食障害だ。

小野さんは学生時代、野球漬けの生活を送っていた。高校野球の強豪校から、毎年のようにプロ野球選手を輩出している富士大学に進んだ。

変化があったのは、大学3年の冬だった。

「もっと野球をしたい」という思いはあっても、上には上がいる。部を引退し、就職活動を始めると決めた頃から、過食がはじまった。

食べたい欲求が抑えきれず、限界を超えるまで食べては、トイレで口に指を突っ込んで吐く。そうすると、もやもやと悩んでいた頭の中が「すかーんと」すっきりした。しばらくすると、また食べたくなる。頭の中がすっきりした感覚がほしくなる。繰り返すうち、指には「吐きダコ」ができた。

大学を卒業して、小野さんは医薬品の営業の仕事に就いた。

精神疾患や生活習慣病の薬を扱う業務にやりがいを感じながらも、摂食障害は続いた。居酒屋をはしごしたうえで、「締め」のラーメン屋も3軒はしごした。帰り道のコンビニでは、弁当、パン、おにぎり、アイスも買った。

給料はなかなか良かったが、ほとんどが食費に消えた。

薬では解決できない問題がある

会社に入って2年が過ぎたころ、うつ病の患者や家族らが集まる会に参加した。仕事のためという面もあったが、小野さん自身のためでもあった。参加者たちが口にした悩みの一つに、仕事の問題があった。会社で働き詰めでうつ病になって離職すると、治療が一段落しても、それまでと同じように働くのは難しい。

小野さんは「精神疾患は薬で解決できる」と考えていたが、薬では解決できない問題があると知った。

小野さん

障がい者と企業を仕事でつなぐサービスを展開する、ヴァルトジャパンの小野貴也さん。

「自分にできることはないか」と考えた小野さんは、間もなく会社を辞めた。

起業時点では実はノープラン。半年はまったく売り上げが立たなかった 。

けれど、起業に合わせるように、過食も止まった。「ラーメン屋をはしごする金もなかったのが、よかったのかも」と小野さんは笑う。

その頃、障がい者の就労継続を支援する事業所の経営者に話を聞く機会があった。やはり「仕事が足りない」と言う。

仕事の一部を外部に出したい企業と、こうした就労継続支援事業所や障がい者本人をつなぐサービスが、ヴァルトの業務の原型だ。現在、事業所や個人とのつながりを含め、6000人ほどの障がい者とネットワークを築いている。この6000人のうちおよそ8割は精神疾患だ。

精神疾患から障がい者としての認定を受けている人もいる。厚生労働省の推計によれば、障がい者の総数は約936万6千人。そのうち身体障がい者は436万人、知的障がい者108万2千人、精神障がい者は392万4千人となっている。

DMMとの縁は、ヴァルトが「DMMさんの障がい者雇用をお手伝いできませんか」と営業をかけたことがきっかけだった。

DMMは2018年1月から、ブロックチェーンの活用を目指す事業を本格化させている。スマートコントラクト事業部の事業部長を務める川本栄介さん(38)は「トークンを使って、障がい者向けの経済圏をつくってはどうか」と小野さんに持ちかけた。

難易度の高い仕事に挑戦する仕組み

川本さん

ブロックチェーンの事業化を目指す、DMM.comの川本栄介さん。

ブロックチェーンは、あらゆる産業で活用の可能性が検討されているが、障がい者の就労では、どんな可能性があるのだろうか。

「障がいのある人が仕事をしようと考えたとき、まだまだ選択肢は少なすぎるし、機会も少ない。ブロックチェーンで経済圏がつくれるのなら、大幅に機会を増やすことができる」と小野さんは言う。

人は誰でもその時の状況によって、できる仕事が変わる。これは、障がいがある人でも、そうでない人も同じだ。障がいがあっても、一般企業に通勤してバリバリ働こうという人もいれば、在宅でごく簡単な仕事がいい、という人だっている。

ヴァルトの取り組みの一つは、業務の分割だ。例えば、ウェブ向けの記事を制作する仕事にはさまざまな要素がある。

  • 資料を集める
  • 取材する
  • 写真を撮影する
  • 記事を書く
  • タイトルをつける
  • 小見出しをつける
  • 写真を編集する
  • 記事の内容をチェックする
  • 誤字脱字を確認する
  • 固有名詞や事実関係をチェックする

この中で、誤字脱字のチェックだけ請け負う人がいてもいいし、一連の作業をほぼ1人で完結させる人がいてもいい。

あるいは、ユーザーからの問い合わせにロボットが回答するシステムをつくるのにも、膨大な数の質問と回答を用意する必要がある。同じ質問をするとしても、質問をする人が違えば、質問の仕方はそれぞれ微妙に異なる。

こうしたパソコンやスマホでできる仕事も、バラバラに分割すれば共有できる。

立場の弱い障がい者に、単純作業を押し付けることになるのではという心配も頭をよぎるが、一定期間は在宅の単純な作業が必要な人もいれば、単純な作業を繰り返すのが得意な人もいる。

単純作業から始めて、業務への習熟度合いや体調と相談しながら、より難易度の高い仕事に挑戦する仕組みも想定している。

迅速なトークン付与でモチベーションを高める

こうした働き方の場合、難しいのは支払いだ。業務が細かく分割される以上、単価も小さくなる。細かく送金すると、既存の銀行の仕組みでは手数料がかさむ。

川本さんは「法定通貨だと難しいが、仮想通貨のマイクロペイメントの仕組みとスマートコントラクトを組み合わせれば、1件ごとにトークンが受け取れる仕組みもつくりやすい」と説明する。

スマートコントラクトは、契約を自動化する仕組みと仮想通貨を組み合わせる。例えば、ユーザーからの問い合わせに答えるロボットへの質問を障がい者が一つ考え、発注者側が受け取り、使えると判定すれば自動的にトークンが送られる、といった約束を事前に取り決める。

質問を考えてから、報酬の受け取りまでの時間が短ければ、仕事をする人のモチベーションの向上にもつながるかもしれない。

ヴァルトとDMMは、2018年中に試験的にトークンを発行し、実際に障がい者に仕事を発注し、対価としてトークンを支払う仕組みの実験を始める計画だ。

川本さんは「一朝一夕にうまくいく事業ではないが、改ざんできない記録が残るから、だれがやってもフェアな仕組みをつくることができる。そこが、ブロックチェーンの面白さだ」と話す。

(文・写真、小島寛明)

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