「ブロックチェーン的」な世界を、アートから切り拓く:起業した美術家たちが考える「美と価値と公共」

各所でブロックチェーンの可能性が叫ばれるなか、日本のアートシーンでも変革が起きている。来たるべき「アートの民主化」を掲げ、アートに特化したブロックチェーン・ネットワークを開発を2018年に始めた施井泰平。そのネットワークがもつ公共性を担保すべく第三者の立場をもった委員会を設立する弱冠26歳の丹原健翔。アート×ブロックチェーンのキーマンとなる2人が、これからの「美と価値」を語る。
「ブロックチェーン的」な世界を、アートから切り拓く:起業した美術家たちが考える「美と価値と公共」
現在日本のアート業界でブロックチェーンに関する取り組みを行っている施井泰平(左)と丹原健翔(右)。ふたりにはアーティストとしても活動しているという共通点がある。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

いま日本のアート業界で、ブロックチェーンが注目を集めている。「アートの民主化」を掲げ、インターネットベースのマーケット構築に4年以上取り組んできた現代美術家・施井泰平が率いるスタートバーンは、2018年7月にアートの管理に特化したブロックチェーンネットワークの試験運用の開始を発表した。

そのデータベースには、アーティスト、ギャラリー、プラットフォーマーなどアートに関わるあらゆるプレイヤーの参加が想定され、より第三者的な立場をもった委員会「Open Art Consortium」の協議内容を積極的に反映する姿勢だという。

大手企業や既存アート産業をも巻き込んだ委員会のあり方を提案しているのは、「ブロックチェーン的」な世界を信じる26歳の俊英・丹原健翔。施井と同じく美術家でもある彼は、いかにして現在の取り組みを始めるに至ったのか? そしてブロックチェーンはアートの何を変え、何を変えないのか? 来たるべき日本のアート業界について、施井と丹原に語ってもらった。

アーティストから見たブロックチェーン

──おふたりはアーティストでありながら、起業家でもあるとお聞きしました。

施井泰平(以下、施井) :ぼくは美術家として活動しながら、スタートバーンというアートに関する会社の代表を務めています。2015年末に「startbahn.org」というアートのプラットフォームをローンチし、今年の9月末には、そこにブロックチェーンを導入するかたちで新しいサーヴィスを発表する予定です。

丹原健翔(以下、丹原) :ぼくはハーヴァード大学に通っていたころにパフォーマンスアートと出会い、学業のかたわらアーティストとしても活動していました。現在は日本でアマトリウムという会社を立ち上げて、美術作品の流動性を高める事業に取り組んでいます。

そのなかで2018年7月からは、ブロックチェーンとアートを考える委員会「Open Art Consortium(以下、OAC)」を立ち上げ、その発起人としての活動を始めました。そこは、ブロックチェーンによって新たな展開を見せるであろうアート業界の、さまざまなプレイヤーが参加する勉強の場になる予定です。そこで、アートに活用されるブロックチェーンの仕様について合意を形成していきたいと考えています。

施井さんとの出会いは、アート界隈の飲み会でした。インディーの音楽や若手のアーティストの話になり、気が合ったんです。スタートバーンさんが今年主催された「富士山展」で、施井さんとユニットを組んで作品を展示したこともあります。

対談は、都内にある丹原健翔の自宅兼事務所で行われた。雑然と置かれた書類の横にあるのは、施井泰平が所蔵する作家・竹下昇平の作品。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

──初めてブロックチェーンのことを知ったときから、アートの世界での活用を構想されていたのでしょうか?

施井: ブロックチェーンとアートの可能性については、2016年初めくらいから模索していました。ぼく自身が早くから気がついたというよりも、周りのスタッフのほうが先に勘付いていた感じでしたね。その影響で、ブロックチェーンの全容を徐々に把握していくうちに、アートとの相性のよさに気がついて、アイデアを練っていきました。

丹原: ぼくは2016年ごろから、施井さんから「ブロックチェーンを使い、作品の取引で生まれた売り上げの一部をアーティストに還元して、日本のアート市場をよくしていきたい」という話は聞いていました。ただ、漠然と「面白そうだな」と感じていただけで、そこまで強い関心はなかったんです。

ただ、留学後、米国に滞在して制作を続けていたとき、「ギャラリーや裕福なコレクターに縛られてしまうアート業界は許せない」という主張をしているアーティストに出会ったことがあります。彼女は才能があるのに、売れないという理由で自分が制作した作品を修正するようギャラリーから何度も強いられていました。

そのときに、「ブロックチェーンの分散化したデータベースは、何かの権威によってデータが承認されるのではなく、システムそのものがデータを承認していく。アートと組み合わせたら面白いんじゃないか」と気づきました。それが17年5月。このときから、アートとブロックチェーンについて、真剣に考え始めたんです。

柔軟な「価値の管理」が生むもの

──そもそも、日本のアート業界の課題は何なのでしょう?

丹原: いまの日本のアート業界で生き残るためには、あまりにも選択肢が少なすぎるんです。米国にいればアーティスト・インレジデンスや大学のプログラム、アーティスト用のシェアハウスがあったりしますが、日本にはそういったアーティストに対する支援が少ない。作品の販売で食いつなぐにしても、英国では芸術文化の復興を目的に美術品購入者に10カ月の無利子分割払いで政府が25万円ほどお金を貸してくれる制度がありますが、日本にはすぐに多額を準備できる買い手が少ない。

結果としてアーティストは、富裕、あるいはちょっと物好きな人を探して、ギャラリーを通して作品を売って稼ぐしかない。最近はTwitterなどを使ってグッズを売る人や、自らイベントを企画して参加費をとる例などが少しずつ増えては来ていますが、まだ業界の核になっているのは、ギャラリーやコレクターとの取引です。

丹原健翔|KENSHO TAMBARA
1992年、東京生まれ、オーストラリア、タスマニア育ち。ハーヴァード大学で心理学・美術史を学ぶ。現地でパフォーマンスアートの活動を開始。日米でアーティストとしての活動を続けながら、2017年に日本のアートの流動性を高めることをミッションとするアマトリウムを設立。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

施井: 丹原くんの話と似ているけれど、アーティストになる道が限られていることも問題でしょうね。総じて、若者が入りにくい世界ですから。ギャラリストやキュレーターに声をかけてもらうか、彼らに何年も持ち込みをする以外のルートがほとんど存在しない。声をかけられるにも、卒業制作展かアワードで受賞するしかないので、選択肢があまり用意されていないんです。

本来ならば、社会のなかでいちばん活気があるところで活躍している人たちからムーヴメントが起きるべきなのに、そういったところに無関心なギャラリストが多かったら、断絶が起きてしまう。時代の証人であるはずの美術作品こそが残るべきなのに。それが、日本のアートの現状なんです。

ギャラリストたちが審査してOKでなければ「アートになりえない」というような暗黙の了解がある。しかしそのようなシステムは、近代のアート関係者がアートを価値づけするためにつくられたものです。いまは新しい技術と社会に準じたシステムを再考すべき時期なんだと思います。

──ブロックチェーンが新しいシステムとして、機能するということでしょうか。

施井: 近代的システムでは人の手で行なっていた価値づけプロセスの一部をブロックチェーンで代替することで、関われる人の数を圧倒的に増やすことができると思っています。作品の「価値づけ」についても同じです。もともとアートはアーティストを育てるのが、ものすごく大変な世界でした。ギャラリストのようなプロフェッショナルが関わらないと、作品の価値づけができないので。

本来は、残したい価値が残せなかったり、育みたい価値が育めない状況だったことが課題だったはずです。その価値の管理を、ブロックチェーンを使えば比較的デリケートに行うことができます。かなり柔軟な仕組みをつくることが可能なんです。

あくまで例えですが、アーティストは「作品を特定のコレクションを持っている人にだけ販売する」という選択ができたり、作品を買いたい人は「過去にちゃんとアーティストを育ててきたコレクターが買ったものだ」という来歴の確認ができたり。いままでギャラリストが気にしていたようなことを、システムの設計に盛り込むことができます。

現在のアート業界が寡占的な状態だと感じてしまうのは、よくよく考えてみると、風通しを悪くしないと成立しなかった世界だったのではと思うことがあります。オープンなマーケットをつくったら転売目的の人が入ってきて荒らされ、結局評価の定まる前の若手アーティストが市場に出てしまい、値段が付かなくなることもあった。そうすると、やっぱり外部をシャットアウトするしかなくなってくるんです。

一方で、「アート関係者全員が共有したほうがいい」情報は、たくさんあります。作品のタイトルやサイズ、ゆくゆくはVRに活用できる作品の3Dデータなど…。それを、あるギャラリーが占有していて、使うには許可がないといけないようなな状態は、作品を広めたり、需要を高めたりするにはマイナスになるかと思います。

ブロックチェーンを使えば、美術館もギャラリーもアーティストも、それぞれの守らないといけないところは守りながら、一定の情報を共有することができる。これも、ブロックチェーンがアートに向いていると思う理由のひとつですね。

丹原: ただ、最近「ブロックチェーンの実装によって、すべてが解決する!」という話をよく聞くのですが、まだブロックチェーンには技術的な課題も多く、期待される「万能薬」までの道のりがまだ長いのも事実です。でも、いろんな活用方法が考えられるのは事実で、その実現に向けてぼくを含めアート×ブロックチェーン業界は活動していると思います。

つまり業界はいま、ウェブにおける「http」のようなレヴェルの基本的なプロトコルを決定している段階なのだと思います。でもhttpができたから、インターネットが発展し、FacebookやUberなどさまざまなサービスが考えられたわけですよね。

それと同じで、ブロックチェーンネットワーク自体はビジネスにはしないで、アート関係者だけでなくこれまでアートに興味がなかった人たちも巻き込みたい。ぼくは「ブロックチェーン的な世界」には、新しい市場が生まれると思っているんです。

丹原健翔が目指すのは、自宅にアートを置くことが一般的になる世界。自身の自宅にも、所蔵する作家・角田純の作品がそっと置かれていた。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

──ブロックチェーン的な世界というと?

丹原: 「ブロックチェーン的」というのは、糸井重里さんの本『インターネット的』をもじった、ぼくの造語です。「インターネット的」な世界は不特定多数の人に価値がリーチすることが実現する世界だと考えられているのですが、ぼくが考える「ブロックチェーン的」な世界は特定多数の人がこれまで以上に繋がり、新たな価値を形成していく世界です。特定多数の人がともに価値を決め、その価値が多くの人に届けられるブロックチェーンは、アートと相性がいいと思っています。

複製可能なデジタルアートに固有の財産価値を与えることは、これまで難しかったですが、スマートコントラクトで所有者を明確にしておけば、複製されてもオリジナルの所有者は変わらない。だから、業界内で一点ものとしての価値を決めることができ、また同時に多くの人に届けることができます。

そしてデジタルアートは一例に過ぎません。例えば、施井さんのところはインターネット上で売買可能なマーケットを、ぼくのところでは委員会の立ち上げと並行して、コレクターの作品がもっと流動性をもつようにデジタル化を進めるサーヴィスを開発しています。これらのサーヴィスは、ぼくたちが考えているアート業界におけるブロックチェーンの可能性の、ほんの一部です。このブロックチェーンに互換性のあるデータベースがあれば、今後さまざまなプレーヤーが入ってきて、どんどんいいサービスをつくれるはずだという考えが前提にあります。

──そんな「ブロックチェーン的な世界」は、アーティストやコレクターにとって、どんなメリットがあるのでしょう。

丹原: ぼくは、日本のアート業界と音楽業界を比較して考えてみることが、よくあります。YouTubeやニコニコ動画に曲を趣味で発表していた人がメジャーデビューすることが当たり前になったように、インターネットを通じて、ミュージシャンにとっての選択肢は確実に増えたと思うんです。それと同じことが、ブロックチェーンでアーティストにももたらせるといいなと。

これまでのアート業界にはハブがいくつかあって、そこを繋がることで、さまざまな人にリーチしていく世界でした。ギャラリストや、インフルエンサーであるコレクターがハブになっていて、そこを通してしかお互いに繋がることができなかった。そこの間口を拡げたいんです。

施井: 繋がるだけじゃなくて価値づけされていくってことも含めてね。

丹原: ぼくはアーティストに「あなたの周りに、あなたの作品をこんなに好きな人がいるんだよ!」というのを伝えたい。ただいまは、伝えたところで「そう言ってくれる人がいても、どうにもならないんだよね」とアーティスト本人から言われてしまう現状が、すごく悲しい。アーティストが、作品を好きだという人の想いに直接繋がれるような世界をつくりたいんです。

権威あるギャラリストに評価されなくても、「みんながそれを欲しいと思うから」「みんなが作品を自分の家に飾りたいから」という新しいアートの価値の付け方がつくれたらいいなと思います。それを可能にするために、「ブロックチェーン的な世界」を実現したい。

「第三者」の意義

──その思いが「OAC」設立のきっかけに繋がるのでしょうか。

丹原: 日本に帰ってきてから、アート界隈の方にヒアリングを重ねていくうちに、ブロックチェーンを使ってアートを盛り上げようとしているプレイヤーが誰なのかが見えてきました。しかし同時に、多くのプレイヤーはステルスで開発を進めているため、彼らはほかのプレイヤーを意外にも把握できていなかったり、テクノロジー業界の側に偏った理解をされたりしている印象を受けました。それで勉強会などをつくって、ブロックチェーンのことをアート業界みんなで考える必要性を感じました。深夜でしたが、すぐに施井さんに電話して「いますぐ会いたい」と言った記憶があります。

施井泰平|TAIHEI SHII
1977年、東京生まれ。多摩美術大学絵画科を卒業後、「インターネットの時代のアート」をテーマとして、泰平名義で美術制作を行う。2014年、東京大学大学院在学中にスタートバーンを創業し、先端技術を導入したアートのためのプラットフォームなどを開発している。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

施井: 実は丹原くんから電話をもらったとき、ぼくもまさにそう思っていたところだったんです。2015年に最初のサーヴィスを展開してから、外部のサーヴィスとの連携など、いくつか問題が浮上しました。しかし、それらはブロックチェーンによって解消されることがわかっていました。そして、よりよいサービスを展開するには、さまざまなプレイヤー同士がそれぞれの領域も守りながら、領域を横断してうまく共生できる枠組みが必要だと感じ始めていたんです。

──ブロックチェーンでの「共生」ですか。

丹原: アメリカではすでにブロックチェーンを使ったアートの管理サーヴィスが複数あるのですが、それぞれが対立する構造になっているんです。「このアーティストを囲った」とか「デジタルアートなら、このプラットフォームだ!」といった、縄張りの取りあいが起きている。日本で同じことが起きてはいけないと思いました。

施井: ウェブサーヴィスの戦いを、彼らはブロックチェーンでもやろうとしていると感じたんですよね。誰が先にグーグルになるか、ヤフーになるかみたいな…。ただ、ぼくは脱中央集権的なブロックチェーン技術とそれは相性が悪いと思うんです。

──OACには、どんなプレイヤーが参加するのでしょう?

丹原: すでにアート関係のプラットフォームやデータベースをつくりはじめている会社が日本に数社あって、各社それぞれが自分たちの方法でサーヴィスを開発しています。でも、お互いに情報共有ができていない上に、おそらく、アーティストやギャラリーなど、既存のアート関係者の意見を開発に反映し切れていない。

だからOACが開催する最初の勉強会では、アートビジネスを展開する企業の代表、アーティスト、コレクター、ギャラリストを、それぞれ数人ずつ呼んで、まず全体でブロックチェーンネットワークの理想像を共有し、要件の洗い出しから始めて、どのような仕様でネットワークをつくればいいか考えようと思っています。

それぞれの会社が2018年の年末くらいにサーヴィスをローンチすると聞いているので、開発が完全に終わってしまう前に、すべてのプレイヤーの思いを共有できるように進めていけたらと。「土台となる仕様をつくろう」という話がOACでできれば、多様なサーヴィスが生まれる素地をつくれるんじゃないかと考えています。

丹原の事務所の本棚には、ビジネス書からアートに関する書籍まで幅広いラインナップが。棚の上に置かれているのは、丹原が所蔵する作家・millitsukaの作品。PHOTOGRAPH BY SHINTARO YOSHIMATSU

──古くからの慣習が多そうな業界だからこそ、共通の仕様をつくるには困難が多いのではないかと予想します。

施井: いまぼくらが会社でやっているのは、あらゆるプレイヤーそれぞれがどんな情報は載せたくないかを、ヒアリングしてサーヴィスを設計していくことです。例えば、売買価格は多くのプレイヤーが共有したくない。

アーティストを例にすれば、作品が高額で売買された事実がデータとして残るのはいいかもしれませんが、値段を下げられないという問題につながってしまう可能性があります。逆に低い価格が、永久にネット上に残ることを嫌がるアーティストは多いと思います。

買う側からすれば、価格を透明化してほしいという要望はあると思いますが、作品の価値管理をする側にとってはデリケートな問題です。そのバランスを保つために、それぞれのプレーヤーの気持ちをとにかくヒアリングしていかなければならないなと思っています。

最初のころ、ぼくらは、できるだけ汎用性のある仕様をつくろうと思っていました。ただし、やっていくうちにアート×ブロックチェーンの設計にも、複数のレイヤーが存在しうることがわかったんです。だから1つのプロトコルで何でも盛り込もうとするより、ある種の棲み分けをしたほうが可能性は広がると思っています。なので、お互いに何をやっているのかが見えやすくなれば、スムーズにサーヴィスの展開が進んだり、提携する道を選ぶという選択肢も生まれたりしてくるのではと予想しています。そこにOACを開く価値はあるはずなんです。

丹原: 施井さんが言うように、OACを開く目的はさまざまなプレイヤーとの議論を起こすことにあります。例えば、ブロックチェーンを使ったアートビジネスが展開されていくなかで、多くの反対意見がアーティストやコレクターから出てくると思うんですよ。恐らく彼らはその根底を否定するのではなく、そのプラットフォームに対する不便さや、嫌なポイントを挙げてくれるのだと思います。

それらを事前に洗い出し、正式なローンチをする前から彼らの声を正確にヒアリングして、それぞれのサーヴィスに意見を取り入れることができたらいいなと思います。OACを、あらゆるプレイヤーが互いに意見を共有し、議論をする場にしたいんです。

アートがもつ公共性をブロックチェーンが開放する

──作品がデータベースに登録され、売買の対象となることで、アーティストにはどんなメリットが生まれるのでしょう。

丹原: アートが商品化されて市場に乗せられるだけでなく、作品がきちんとアーティストにひもづいているデータベースがあることは、作品の物語性を増すと思っています。というのも作品には、アーティストの歴史のなかで見えない物語がつむがれているからです。例えば、これまで回顧展がなければわからなかったような繋がりが、データベースから読み解けるようになる。

いまはギャラリストがそれを口頭で伝えていくしかありませんが、ブロックチェーンがあれば、制作活動の全体像を保存・追跡していける。そのアーティストの物語が共有可能なものとして可視化されます。そうすれば、アーティストの物語の一部に参加するという思いで作品を買う人が、いまよりも増えるかもしれません。

──アーティストの価値が分かりやすく伝わることで、マネタイズが容易になるという側面もありそうですね。

施井: データベースがある程度は汎用的である必要があると思っているのは、誰でもアートを気軽に所有できるようにしたいからです。だからこそ、「既存の価値観にはないものをどうやって業界に入れていくのか?」「売買という観点以外の部分でアートを育む環境をどうつくるのか?」といった観点はすごく重要だと思っています。だから大前提として、OACにも既存のアートの売買に直接関わっていない美術館関係者や批評家、教育関係者のようなプレイヤーたちに参加してもらいたいんです。

丹原: 裾野を広げた音楽業界がより大きな価値を築き上げたように、アートが広がることもアートの価値を下げることにはならないと信じています。裾野が広がろうと、そうでなかろうと、結局は各個人がよいと思うものをつくるわけですし。アート人口が増えたら、むしろこれまで発見されていなかった才能が現れるかもしれないです。

──「ブロックチェーン的な世界」で、アートを取り巻く環境は、どう変化していくのでしょう。

施井: 仮にすべての作品がブロックチェーン上に登録されたら、アートはある種の公共財だという認識が生まれるかもしれません。もちろん作品を自分の手元から決して手放したくない人や、誰にも見せずに保存しておきたいというような人も出てくるでしょう。

ただ、公共財の可能性を自分が握っているという意識や、自分が所有している作家をもっと応援したいという感覚が生まれる可能性も出てくると思います。例えば将来的にはVR上でコレクションを紹介するサーヴィスなどにも繋がったらと。

丹原: ぼくは最近、コレクターの責任みたいなものをずっと考えています。アートをもつ人には、ある種の責任があると思うんです。「このアーティストを応援したくて作品を買ったんだったら、ちゃんと応援しろよ」と。

作品を購入すること自体ももちろん応援のかたちですが、そのアーティストを知らない人に伝えていく応援の力は大きいと思います。スポーツでも音楽でも、ファンは他人に自分の「推し」の素晴らしさを伝える勝手な責任感をもっていますよね。ぼくはコレクターも、そうであるべきだと思うんです。

世のなかには、輸送コストなどの理由から日の目が当たらずに、収蔵場所に眠ったままになってしまっている作品がたくさんあります。そもそも管理をしていないから、何をもっているのか覚えていないという状態のコレクターも少なからずいる。でも、もともと作品を買った理由は、ギャラリー等でその作品と出会ったときに、運命を感じたからではないでしょうか。その純粋な気持ちを、ぼくは信じたいんですよ。


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TEXT BY NATSUMI MATSUZAKA