新しい信頼の象徴とも言えるブロックチェーンの技術は、金融以外でもさまざまに使われるようになってきている。ブロックチェーンがあれば、人への信頼は不要なのだろうか? レイチェル・ボッツマンの新刊『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』をもとに、インフォバーン代表取締役ファウンダーCVOの小林弘人氏に聞く。その後編。「信頼システム」の最新の状況とは。

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ブロックチェーンで、文書改ざんはなくなる

 信頼を考えるとき、ブロックチェーンはなぜそれほど重要なのだろう? まずなにより、人類の歴史ではじめて、誰が何を所有するかについて一般に開かれた恒久的な記録が作られ、ひとりの人や組織がそれを支配することも裏書きすることもできず、人々が記述の正確性についてお互いを信頼し合意できるという点だ。(『TRUST』第9章)

 ブロックチェーンの技術は、新しい信頼のかたちのひとつを体現しています。『TRUST』でも、2章分をブロックチェーンにあてているのは、そのためでしょう。

 ブロックチェーンは今、金融以外でも、信頼性を担保するという目的で使われ始めています。本書では、ブロックチェーン上でダイヤモンドをデジタルに認証するサービス「エバーレジャー」が紹介されています。アリババもいま、ブロックチェーンを使って模造品を発見、排除する取り組みを始めています。また、イタリアではワインの来歴を追えるようなワインのブロックチェーンが登場しています。ジャーナリズムの世界でいうと、フェイクニュース対策にもがその応用が期待されています。職歴や学歴の信頼性を担保する、という使われ方も出てきたと聞きました。

 ブロックチェーンが会計などに導入されると、リアルタイムで記録されて改ざんできないので、理論的にいえば不正会計は起き得ない。監査や公証役場などの存在意義が見直されるかもしれません。これは従来の信頼の仕組みを揺るがす、大きな変化です。また、最近では世界銀行が世界初のブロックチェーン債権を発行したことでも話題になりました。

 国の機関なども、全部ブロックチェーンを使って、スマートコントラクトなどを採用すれば、役人の忖度による文書の改ざんは不可能になるし、より明らかな信頼醸成が期待されます。

 ブロックチェーンはまさに権限を分散するシステムですが、既得権益を持つ人たちは中心に権力を集めて掌握したがるでしょう。完全にどちらかに偏るということはないと思うのですが、今後はハイブリッドに使い分けられるのではないか、と考えています。

 ブロックチェーンがあれば、もはや人間への信頼は不要であるという主張も耳にします。そもそも数学的に改ざんができないシステムを作り上げることで、信頼性を担保しているのですから。これは一見、効率がいいようにも見えます。しかしながら、そのためにPoW(プルーフ・オブ・ワーク。ある難易度以上の計算を行ったとの証明)を行い、大量の電気と計算機資源を浪費していては、すべてが立ち行かなくなりそうです。

 ゆえに、社会の信頼コストの面から考えると、人を信頼したほうが安上がりなのではないか、という見方もできます。

 これには回答がありませんが、"信頼の分散化"の流れのなかでは、両者はさまざまなレイヤーで棲み分けしたりするのではないでしょうか。人類が集団で進化してきた経緯を鑑みると、本当は誰かを信じたいという心理的な面も無視できないと思います。

もう一度、人によるマネジメントを見直そう

 いまでは考えられないかもしれませんが、『シェア』が出版されたあと、講演会や出演した番組でよく批判されました。「日本人は人のものなんか、使いたくない。シェアリングサービスなんか、流行るわけがない」「モノが売れなくなるような思想を植え付けるな」というのが典型的な反論でした。でもサービスが始まってみたら、けっこうみんな当たり前のようにシェアリングサービスを使っています。

 それは信頼の壁を乗り越えたというよりは、コストの問題だと僕は考えています。カーシェアリングであれば、A地点からB地点に行くという目的が果たせるなら、人の車だって別にかまわない。釘を打つためにトンカチを借りるときに、「人のトンカチを使うのは嫌だな」と思いますか? トンカチの機能を果たしてくれたら、お古だろうが気にならないですよね。気になるのは、自分にとって価値のあるものだけです。

 また、世界中の大都市圏ではライフコストがどんどん上がっているので、それを少しでも下げられるならシェアを歓迎する、ということだと思います。

 ただ、コストが下がるならすぐにシェアリングサービスを信用し、利用してしまうというのはハイリスクです。「あまりにも速く信頼しすぎる」ということについては、ボッツマンも注意を促しています。

 皮肉にも、今のわたしたちが抱えている問題のひとつは、あまりにも速く簡単に信頼しすぎるということだ。それは、ウーバーのようなライドシェアのプラットフォームに限らない。それはスピードへの信頼だ。信頼が加速モードに入ると、人は衝動的になる。意識してギアチェンジをしなければ、ゆっくりと慎重に考え直すことはできない。(『TRUST』第4章)

 シェアリングサービスを利用している人は、評価する時もオートマティックに判断しています。なぜかというと、シェアリングサービスは、ユーザーエクスペリエンスが似ているからです。利用後に、星の数でお互いに評価する。自分に悪い評価をつけられたくないし、相手の気分を害したくないから、相手に高い評価をつけます。ご丁寧に、最高評価をつけるテンプレートも用意されています。そうすると、お礼の応酬になりますよね。そしてみんな、早く取引を終わらせたいと思っている。それでよく考えずに、高評価をつけてしまいがちです。

 僕は以前から、シェアリングサービスの信頼を担保する仕組みがレーティングしかないことに、疑問を抱いています。

 システム化によって問題が解決できない場合、そこにはやはり人が必要ではないでしょうか。地域やグループを統括する、リージョンマネージャーのような役割の人がいたらいいと思います。

 たとえば、イスラエルで開発され、世界で使われているWaze(ウェイズ)という渋滞情報をコミュニティでシェアするカーナビアプリがあります。このサービスにはリージョンマネージャーがいて、担当地域については「これは正しい」「これは間違い」と情報を管理しています。

 他の例としては、サンフランシスコ発のベンチャーで、自分の家で作ったご飯を販売できるGobble(ゴブル)があります。現在ビジネスモデルを修正しましたが、初期には創業者が味見をして判断していました。カウチサーフィンにしても初期は創業者の知り合いかどうかがひとつの判断基準でした。しかし、規模が大きくなるにつれ、いちいち創業者が会うわけにはいかないでしょうから、新たに人的なプルーフィングの仕組みを考えたらいいと思います。

 なぜなら、規模の追求が得意なIT業界において、サービスそのものの質を担保するといったマイクロマネジメントは、どうしても置き去りにされがちだからです。すでにシリコンバレーの企業で人事評価にAIを導入しているベンチャーもあります。「信頼担保」の鍵は、AIと人が半分ずつスクリーニングするような形態にあるのではないでしょうか。

オーバートラストに気をつけろ

 これをIoTに関連させ、僕は「信頼のフォグコンピューティング」と呼んでいます。フォグコンピューティングは、クラウド(雲)コンピューティングよりも低いところ、つまりデバイスに近いところに位置しているものとしてフォグ(霧)という言葉が使われています。要するに、ネットワーク障害などでクラウドに接続できないときでもタスクを実行できるように、IoTデバイスのあるLAN内(ローカル)において処理能力やストレージを持っておく、という考え方です。

 そのようなイメージで、サービスを享受するユーザーに近いところ、もしくはサービス中にでも問題を処理できるような仕組みをつくるべきです。

 信用の運用には、とてもコストがかかるものです。リージョンマネージャーを設置するとなると、人件費がかかりますよね。サービス提供者側はそんなコストをかけたくないし、レーティングで信用してるならそれでいいのではないか、とそのまま運用し続けてしまう。しかし、いまのレーティングだって完全ではない。

 さらに将来、すべてAIが判断していくとなると、後戻りできない可能性が大きい。だから、ボッツマンは後戻りできなくなる前に備えて、本書で警鐘を鳴らしています。

 やはりオーバートラスト、信頼しすぎには気をつけたほうがいい。信頼がますます重要なキーワードになってくるのであれば、信頼を逆手にとって利益をあげようとする人たちも必ず出てきます。ウィキペディアにしてもキュレーションメディアにしても、検索結果で表示された内容に脊髄反射的に信頼してしまう傾向が強いと思いますが、信頼の依存リスクについて、われわれユーザーも考慮しなければなりません。

AIと人間が協力すると、信頼性は高まる

 2014年6月14日、中国国家省は「社会信用制度の構築に向けた計画概要」と題した恐ろしげな文書を発表した。すべての行動が政府の決めたルールに従っていいか悪いかに格付けされ、ひとつの数字に落とし込まれるような世界を想像してほしい。それがあなたの市民スコアとなり、あなたが信頼に値するかどうかがすべての人に公表されるとしたら? それによって住宅ローンや仕事や子供の学校が決まるとしたら? あるいは、デート相手が見つかるかどうかがそれで決まるとしたらどうだろう?(『TRUST』第7章)

 いま注目を集めている中国の市民格付け制度についても、『TRUST』を読めば現状が理解できるでしょう。こうした動きは、中国だけでなく、アメリカでも起こっています。本書では「ピープルナンバー」という知人の格付けアプリが紹介されていますし、アメリカではすでにウェブ上の情報から未来を予測する「レコーデッドフューチャー」や、情報をテロやカードの不正防止に役立てる「パランティア」というソフトにはCIAのファンドが投資しています。国が個人の情報を握って格付けするという未来は、技術的にはどこでも起こりうるのです。

 ここでの問題は、信頼の非対称性です。企業、あるいは国が自分の何のデータを持っているのか、我々は知ることができないのです。その情報を返してほしいと言っても、返してくれない。そして、そのデータをもとに、どういうアルゴリズムでレーティングをつけているのかもわかりません。

 本来は、ユーザー、被観察者が情報開示を求めたら、開示されるべきです。しかし、中国はそもそも情報の非対称性が強いのでそんなことは望めません。一方的にレーティングされておしまい。アルゴリズムがどうなっているかは、完全なブラックボックスです。

 どんな情報をもとに学習しているのか、どんなアルゴリズムで動いているのか。それがわからないのは、AIも同じです。AIが人間の能力を超え始めたときに、誰が倫理面を教えていて、どういう経路で深層学習を行い、どういう局面にどういう動作をするのか、そういったことはまったくわからないでしょう。

 そして僕らは、あるとき突然、信頼することを迫られるはずです。有名な自動車メーカーが、「あなたの車にAIを搭載しました」と言ってきたら、「◯◯が言ってるならしょうがないか」「国交省が許可したんだから安全なんだろう」というかたちで、信頼せざるを得ない。ここにも、やはり信頼の非対称性が存在します。

 この問題の解決法は、「ディスクロージャー(情報開示)」でしかありません。また、本当にセキュアかどうか、ブロックチェーンなどで履歴を残すべきです。そのように非対称性があることを意識し、ブラックボックスにしないよう諦めずに解消する努力は必要です。

 そのうち、AIが情報を発信するようになったら、もうそれは人間には見抜けなくなる。このような話は未来に起き得るのではなく、すでに起こっています。ワシントン大学の研究者が発表したAIが作ったフェイクニュース動画はかなり巧妙で、見抜くのは至難の業でしょう。2018年のグーグルの開発者向け会議では、AIアシスタントが電話をかけてレストランを予約するデモがおこなわれました。その会話内容は、もはや相手がAIかどうか判断できないほど自然です。

 「AIだから信用できない」「AIだから信用できる」これはどちらもあると思っています。アメリカの国際弁護士でClearAccessIPの創業者のニコル・シャナハン氏のスタンフォード大学での研究テーマは「スマート起訴」です。本人のピッチを聞く機会がありましたが、AIを使って起訴するシステムだそうです。人間がおこなった起訴と、AIがおこなった起訴の内容を比較すると、AIのほうが人種に関係なく公平な起訴内容になる、という結果も出ているのだとか。AIのほうがバイアスがなくフェアという話が真実であれば、人間との組み合わせで活用方法はいくらでも考えられるでしょう。

 本書には、Airbnbで有色人種のゲストは断られやすいといった差別の例が出てきていました。そうした差別も、AIが泊めるかどうかを判断するようになればなくなると思います。先の「信頼の担保」でも述べましたが、AIと人間の両方で判断することで信頼性を担保する、というのはひとつの選択肢となるでしょう。

小林弘人(こばやし・ひろと)
株式会社インフォバーン代表取締役ファウンダーCVO。1994年ワイアード誌の日本版を創刊、編集長を務める。1998年に企業のデジタルマーケティング戦略およびイノベーションを支援するインフォバーン社を設立。『ギズモード・ジャパン』ほか多くのウェブ媒体やサービスの立ち上げを行う。ベルリン最大のテック・カンファレンスTOAの公式パートナーほか、イスラエル・ブロックチェーン協会のアドバイザーを務める。著書に『メディア化する企業はなぜ強いのか? フリー、シェア、ソーシャルで利益をあげる新常識』(技術評論社)など。

[新刊案内]『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか

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 ウーバー、アリババ、エアビーアンドビー…。世界のプラットフォーマーが駆使する新たな「信頼」とは何か?『シェア』で共有型経済を提唱した著者が、デジタル時代の「信頼」を攻略する仕組みを解説。

2018年8月 日経BP社刊 レイチェル・ボッツマン(著)、関 美和(訳)

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