BitTorrentの開発者、「ビットコインより優れた仮想通貨」の実用化に動く

P2Pのファイル共有プロトコルとして一世を風靡した「BitTorrent(ビットトレント)」の開発者、ブラム・コーエンが再び表舞台に戻ってきた。新しいプロジェクトは、「ビットコインより優れている」という仮想通貨(暗号通貨)の開発だ。サトシ・ナカモトが考案した仕組みの弱点を研究して生み出したという「Chia(チア)」は、金融機関や当局にも受け入れられる存在になれるのか。
BitTorrentの開発者、「ビットコインより優れた仮想通貨」の実用化に動く
「BitTorrent(ビットトレント)」の開発者で、チア(Chia)ネットワークの共同創業者でもあるブラム・コーエンは、「ぼくは技術的な難題が好きなんだ」と語る。PHOTOGRAPH BY PHUC PHAM

インターネット上でデータをやり取りするための優れたプロトコルを、ある男が2001年に開発した。その人物とは、大学を中退した無職の25歳だったブラム・コーエンである。

そのプロトコルが原因で、音楽や映画の海賊版がネットには大量に溢れ、数え切れないほどの訴訟が起こされた。こうした曲折を経て、コーエンは再び、新たなプロトコルで世界を変えようとしている。今度は、お金をやり取りするためのプロトコルだ。

コーエンの最初の発明は「BitTorrent(ビットトレント)」。P2Pファイル共有のプロトコルとして、何百万もの人々を喜ばせ、エンターテインメント業界の大物たちを怒らせた。そしてある時点では、全世界のインターネットトラフィックの実に3分の1以上を占めていた。

コーエンの最新の発明

そのコーエンによる最新の発明が、「Chia(チア)」と名づけられたデジタル通貨と、スタートアップであるチア・ネットワークだ。その目的は、金融業界が受け入れてくれる仮想通貨(暗号通貨)をつくることにある。

「ぼくは技術的な難題が好きなんだ」と、いまでは42歳になったコーエンは笑みを浮かべて語る。自分のことはよくわかっていると言いたげな表情だ。

金融大手ウェルズ・ファーゴの本社として建設されたサンフランシスコの高層ビルを訪ねると、がっしりした体格のコーエンが迎えてくれた。現在、このビルにはほかの金融業界のテナントが入っており、コーエンのスタートアップであるチア・ネットワークも入居することになっていた。

同じビルには、米証券取引委員会(SEC)の西海岸支部も入居する予定だ。SECは暗号通貨のスタートアップ各社に圧力をかけている(証券のルールを無視しているという理由である)。それを考えると、SECと隣人になるのは大胆だと思うかもしれない。しかしコーエンは、チアの最高技術責任者(CTO)兼会長として、SECに監視されることをむしろ喜んでいる。

かつての“失敗”を教訓に

SECが不満に感じているのは、暗号通貨市場の一部がイニシャル・コイン・オファリング(ICO)のことばかり考えていることだ。ICOはスタートアップにとって、新しい暗号通貨や計画中の暗号通貨を売り出し、素早く簡単に資金調達する手段になっている。

これに対してコーエンは、まったく異なる計画を立てている。従来の新規株式公開(IPO)を年末までに行い、中小企業が中心のスモール・キャップ・マーケットで上場するという計画だ。

チアが想定している顧客は金融機関である。国際送金などの銀行機能に暗号通貨Chiaを使ってもらい、システム構築を手助けして売り上げを得る。また、長期的に価値がある商品になることを見込み、自ら大量のChiaを保有するという。ただし、ICOは考えていない。

ブラム・コーエンによると、チアが想定している顧客は金融機関だという。PHOTOGRAPH BY PHUC PHAM

これらすべてを成功させるには、BitTorrentと同様な技術的な成功を収める必要がある。しかも、BitTorrentで直面した訴訟問題やビジネス上の難題は避けなければならない。

コーエンのファイル共有プロトコルは大成功を収め、企業の関心も集めた。そして、フェイスブックなどが社内ソフトウェアアップデートのスピードアップに利用した。

しかし、無料ソフトウェアの維持と収益化のために立ち上げたスタートアップのビットトレントは、3,000万ドル(約34億円)以上の資金を調達したにもかかわらず、事業の構築に苦労した。さらに05年、著作権のあるコンテンツへのリンクを検索エンジンから取り除くことで米映画協会と合意した。

だが、コーエンは17年8月にビットトレントの日常業務から退き、チアを共同で立ち上げた。さらに、18年7月にはビットトレントの役員を退いた。

「サトシ・ナカモト」の弱点

技術的な背景について説明すると、暗号通貨であるChiaは、ビットコインについて詳しく調べたコーエンが、もっと地球に優しく、もっと銀行に受け入れられる代用品をつくろうとした結果だ。コーエンは、08年にサトシ・ナカモト名義でビットコインを発表した人物(もしくは複数の人物)に言及しながら、「サトシは決して、素晴らしいプロトコル・エンジニアではありませんでした」と述べた。

ビットコインが引き起こす環境問題の根本的原因は、デジタル取引を成立させるための手法だ。人々に「採掘」ソフトウェアで計算問題を解いてもらい、勝者に対して取引処理料として新規発行ビットコインを渡すというインセンティヴが用意されている。ビットコインはまだニッチな存在だが、17年のある分析によれば、採掘に消費される電力は人口700万人のセルビアに匹敵するという。

コーエンは採掘の代わりに、「耕作(farming)」という牧歌的な呼び名を使用している。ビットコインと同様、人々はChiaを獲得するため、取引処理を兼ねた競争に参加する。ただし、ナカモトのシステムとは異なり、勝利に必要なのはエネルギーを大量消費する強力なハードウェアではなく、ディスク容量だ。

通常の作業をこなしながら、Chiaを耕作できるだけの空き容量をもつコンピューターは、すでに数え切れないほど存在するとコーエンは考えている。暗号通貨を稼ぐためだけにストレージを増設したとしても、採掘ほどの甚大な影響を与える心配はないという。

「ビットコインよりも優れた暗号通貨」

Chiaのシステムは、2つの新しい暗号プロトコルに依存する。1つ目は、コンピューターが耕作に使っているストレージを検証するプロトコル。2つ目は、報酬を手にする勝者を判定している間、不正を防止するためのプロトコルだ。

詳細が気になる人は、コーエンが数学者たちと共同執筆し、査読を受けた2つの論文(論文1論文2)を読んでみるといい。

コーエンは10月3日、あるコンテストを発表した。数学に関心がある人々に、Chia耕作の背後にある暗号の速度や安全性をテストしてもらうことが目的だ。Chiaはまだ発行されていないため、勝者には10万ドル相当のビットコインが贈られる。

Chiaの発行は19年を予定している。ビットコインより柔軟性が高いため、金融機関にとって魅力的だとコーエンは言う。過去の全取引が、変更不能な分散型台帳に記録される点はビットコインと同じである。ただし、アドオンの追加が可能になっている。

例えば、契約を自動化したり、エスクロー(信頼できる第三者を仲介させて取引の安全を担保する第三者預託)を利用したり、支払い取り消しなどの機能を実行したりできる。ビットコインは支払い取り消しに対応していないが、金融機関にとっては不正対策の中核をなす機能だ。

「ぼくらの技術に基づいて、Chiaを主要な暗号通貨にすることが目標です」とコーエンは語る。「つまり、ビットコインのライヴァルだけれど、ビットコインよりも優れた暗号通貨なんです」

IPOに向けた高いハードル

自身の技術によってインターネットをより有益なものにしたコーエンの実績を考えると当然のことだが、Chiaはシリコンヴァレー有数のヴェンチャーキャピタル(VC)たちを引きつけている。18年春には、グレーロック・パートナーズやアンドリーセン・ホロウィッツなどから3,400万ドル(約38億円)を調達した。両社は過去に、世界最大の仮想通貨取引所コインベース[日本語版記事]にも出資している。

アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーであるケイティ・ホーンは、コーエンと共同創業者のライアン・シンガーが、ICOではなくIPOを計画していることで、投資先としての魅力が高まったと語っている。「ICO市場はまだ生まれたばかりで、不正がはびこっています」

ホーンは米連邦検事補として、史上最大の闇サイト「シルクロード」の事件を担当していた汚職捜査官たち[日本語版記事]の訴追に関わった経歴をもつ。「チアのアプローチは、ほかの暗号通貨プロジェクトの手本になるでしょう」

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ただし、IPOへの道は険しいものになるかもしれない。最近、コーエンからCEOの座を引き継いだシンガーは、SECと込み入った話をすることになると予想している。そして、その価値は十分あると確信している。「IPOは難しく、費用もかかります。それでも、わたしたちと投資家の関係をプロフェッショナルな関係にするには重要だと考えています」

シンガーは、初期のビットコイン取引所「Tradehill(トレードヒル)」を共同で立ち上げた人物だ。Tradehillは12年に閉鎖したが、運営に必要な資金移動業者免許を取得していなかったと、シンガーは明かしている。

暗号通貨への規制強化への先手

プロフェッショナルという言葉は、暗号通貨市場とあまり結びつかない。暗号通貨市場と聞いて思い浮かぶのは、誇大な宣伝、不正、どんちゃん騒ぎといった言葉だ。業界の会議で大麻入りの料理が出されたこともある。

ユタ大学ビジネススクールの教授アティフ・エラヒーは、「簡単に言えばドットコムバブルの再来です。投資家は、誇大な宣伝と情報を区別しなければなりません」と話す。「IPOのコストと手間を引き受けることは、チアが投資先としての魅力を高める助けになるでしょう」

エラヒーは最近、コロンビア大学やロンドン・ビジネス・スクールの研究者とともに、暗号通貨の投資家たちがさらなる情報開示を求め始めていると指摘した。エラヒーらは14~18年に、合わせて130億ドル(約1.5兆円)以上を集めた800近くのICOを分析。その結果、技術情報や財務情報をより多く開示したプロジェクトほど、成功を収める傾向にあることが判明した。米国では、暗号通貨プロジェクトの規制強化が不可避になってきたようだと、エラヒーは言う。

チアのIPO戦略は、先手を打つ手段として賢明かもしれない。既存の規則に従うことを強いれば、技術革新が抑制されてしまうという主張もあるが、それは間違っているとコーエンは断言する。「手綱を緩めたとしても、よりよいアイデアをもつ技術者はやって来ませんよ。詐欺師たちがやってきて、盗みを働くだけでしょうね」


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TEXT BY TOM SIMONITE

TRANSLATION BY KAORI YONEI/GALILEO