昨年、『WIRED』日本版編集長を退任し、、黒鳥社(blkswn publishers)を設立した若林恵氏が、「NEXT GENERATION BANK」というムックを創刊した。発売を記念し、『ビットコインはチグリス川を漂う』の著者で、アメリカ版『WIRED』が「ビジネス情報に関する世界のトップ15人」に選出したデイビッド・バーチ氏のインタビューを特別掲載--。
「これからの銀行」の役割
―『ビットコインはチグリス川を漂う』の日本語版はご覧になりました?
見たよ。実は、義理の兄弟がIndeedに勤めててね。Indeedはリクルートが買収したでしょ。なので、義理の弟のボスに一部献呈したんだ。
―日本には来たことが?
ないんだよ。だから、日本にはどうしても行ってみたいんだ。義理の弟が、日本はとにかく他の場所とはまったく違うからって言い続けるんだ。それを体験したくてね。
―ぜひ、来てください。お話聞きたい人、いっぱいいますよ。
行きたいなあ。ところで、君の写真撮っていい?
―なんでですか?
Twitterにあげるからさ。その日本語版を読んでるフリしてよ。自分の本の日本語版読んでる人はじめて見たからさ。
―こんな感じでいいですか?
いいね。で、今日はなんだっけ?
―銀行です。銀行。それが、どうサバイブするのかという話をお伺いできたらと思ってます。銀行は早晩いらなくなるなんていう話は最近日本でもよく聞かれるんですが、とはいえ、銀行が担ってきた役割は消えてはなくならないとも思うんですね。たとえバーチャルなものになったとしても、お金はなくなりはしないと思いますので。
ただ銀行が担ってきた機能の再編は起きるのかなとは思いまして。それがどんなふうに起きるのかというあたりも興味の焦点です。
『ビットコインはチグリス川を漂う』は、お金をテーマにした本だったんだけど、実は、いま書いている新しい本は、銀行がテーマなんだよ。
コンサルト・ハイペリオン取締役。サリー・ビジネス・スクール客員教授。金融イノベーション研究センター技術フェロー。電子認証と電子マネーの国際的権威であり、アメリカ版『WIRED』が「ビジネス情報に関する世界のトップ15人」に選出。著書に『ビットコインはチグリス川を漂う―マネーテクノロジーの未来史』。未邦訳書に、『Digital Identity Management』『Identity is the New Money』など。
―奇遇ですね。何を書いてるんですか?
「The Glass Bank」というタイトルにしようと思ってるんだ。ガラスの銀行。「透明性」がテーマなんだけど、マーク・ベニオフっているでしょ?
―はい、SalesforceのCEOですね。
彼は世界でも屈指のビジネスパーソンだと自分は思うんだけど、彼が2年前のダボス会議で、こういうことを言っていたんだ。
「金融システムや資本主義への信頼を取り戻したいのであれば、金融業界に必要なのはラジカルな透明性だ」
なかなかいいことばでしょ。ぼくは、金融の未来についてテック業界から発せられることばについてはいささか懐疑的でね、例えばドン・タプスコットの『ブロックチェーン・レボリューション』のような本は、良い本だとは思うけれど、ちょっと無理があるように思えるんだ。ブロックチェーンが難民問題やら温暖化を解決するなんていうことを、一足飛びに言うのはあまり現実的ではない。
とはいえ、ありうべき仮説を立てるなら、ブロックチェーンによってもたらされる透明性が、これまでとはまったく異なる透明な金融のマーケットプレイスをもたらすこともありうるかもしれない。それは自分にとって非常に興味のあるトピックなんだ。
そう考えたとき、ブロックチェーンはフィンテックではなく、むしろ「RegTech」(レギュレーションテクノロジー)に属するものとして理解することができる。つまりブロックチェーンは一種のインフラであり、みんなの参加コストを下げるものになるということだね。
―なるほど。
いまのところはそんなアイデアなんだけれども、ここ何年かの間で、個人的には暗号通貨というものに、どんどん懐疑的になってきているんだよね。逆になんらかのトークンがやり取りされていくというアイデアについてはそこまで懐疑的ではなくなってきている。
もちろんカウボーイエコノミーのようなものを思い描いているわけじゃなくて、規制を受けたプラットフォーム上で行われるのが必須の条件となる。ちゃんと規制を受けたトークンエコノミー(法定通貨の代わりに「権利」を発行・流通させて成立する経済圏)には理があると思う。それによって、より効率的にアセットを交換することができるようになるからね。
―暗号通貨はダメですか。
ここで考えなくてはならないのは、まず暗号通貨というのは、トークンエコノミーの基盤となるようにはデザインされていないということだ。ビットコインの発明者のサトシ・ナカモトなんじゃないかって言われていたクレイグ・ライトが、いつだかこういうことを語っていたんだ。
「ビットコインをお金だと考えてはいけない。決済機構だとも、通貨だとも考えてはいけない。それは、みんなが信頼することのできる、グローバルなセキュリティシステムなんだ」
この考え方の方が、ぼくにははるかに面白い。みんなが信頼できるセキュリティ基盤があって、その上にトークンエコノミーが乗ってると想像しよう。そこでは、2つの制度的な要件が求められることになる。まず、そのトークンとリアルなアセットの間のリンクを保証する制度や機関が必要になる。
―どういうことでしょう。
例えば、自分がこのビルや、どこかのお城のシェアをトークンでもっていたとしよう。そのとき誰かによって、そのトークンがこのビルとリンクしていることを、法的に根拠付けられなければならない。
―つまり、そのトークンを法定通貨に換金したいときにどうするんだっていうようなことですよね。
例えば自分がこのビルのオーナーで、シェアホルダーにトークンを発行したとして、ビルの資産価値が上がったり下がったりしたら、当然そのトークンを売ったり買ったりしたい人が出てくるよね。とはいえ、それを買うときに問題になるのは、「このトークンが実際に、このビルとリンクしているということを誰が証明するんだ」ということだ。万一問題が起きたときに一体誰が責任を取ってくれるんだ、誰に文句を言えばいいんだ、ってことになるでしょ。このとき、伝統的な銀行というものが、こうした制度的な役割を果たすことになるだろうとは思う。
―それが既存の銀行である必要はありますか?
銀行である必要はないだろうね。ただ、それを担う機関は、法的な規制を受けたものでなくてはならないだろうね。って考えると、銀行は最有力の選択肢となる。例えば決済の領域や電子通貨の領域では、規制の緩和によって、さまざまなプレイヤーが出てきて、これまで銀行が担ってきた業務をやりはじめているけれど、制度とリンクする部分においては、そもそもそうした自由化ができないわけだからね。銀行にやってもらうのが一番だと思う。
―たしかにそんな感じはしますね。