【尾関高の仮想通貨ダイアリー】仮想通貨業界に感じる「違和感」
いくつか口座を開きなおして改めて取引を始めた。特に儲けるつもりはなくお勉強のためである。むろん、結果的に儲かればラッキーだが、そういう経験はほぼない。さて、そうしたお勉強の過程でやたら心がざわつくことがあるのでそれについていくつか業界全体にお願いベースで提言したいことがある。最初に断るが、私は悪口を書いているつもりはない。この業界が今後金融ビジネスとして既存の金融業界と融和し相乗効果を上げていくには、また投資家と無用なトラブルを起こさないためには必要な改善点だと思えることについて僭越ながら指摘したい。
1.「FX」ってなんだ・・・
明らかに文脈として仮想通貨『証拠金取引』を指して『FX』と呼んでいる。これは一社でなく複数社で確認した。念のため説明するが、金融業界において「FX」は「外国為替」を意味する。Foreign Exchangeの略である。「証拠金取引」は英語で一般に”margin trading” あるいは”trade on margin”である。
ちなみに信用取引は 直訳すると”credit trading”だが米国において証拠金取引も信用取引も区別はない、というか日本の信用取引制度がない(知る限りそのはず)。どっちにしても結局レバレッジがかかっていることに変わりはない。あとは、財務処理的に信用はオンバランス、証拠金取引はオフバランスになるのが当たり前だと思っていたが私が受け取る信用取引の明細は明らかにオフバランス的集計がされている。証券会社側のシステム上の業務仕様もどんどんこの辺の境界があいまいになってきている。
私の理解では、現在仮想通貨交換業者(※)に許されているのは現物の交換とその信用取引だけだと思っていたが、これだけあちこちで証拠金取引がサービスされているとその辺は許可されているらしい。始まってだいぶたつがどこも止められていないので、明確に金商法上の「店頭金融デリバティブ取引」にあたらないという事実認識が固められつつあるが、これは厄介な話だ。“USDJPY”の証拠金取引をやると金商法だが、”BTCJPY”の証拠金取引なら金商法から逃れられるのである。
※10月から施行された『仮想通貨交換業者に関する内閣府令』では「交換業者」と定義されている。「取引所」という言葉は一切出てこない。これはなるほどと思わせる。当局の言葉の定義に対する配慮が(勝手にだが)感じられる。
投資家側から見ればそれが信用取引だろうが証拠金取引だろうがレバレッジがかけられるという点では同じことである。またそれがUSDJPPYだろうがBTCJPYだろうが同じことである。選好の基準はボラタイルかどうかだけである。
業者としてどれを信用取引と呼ぶべきでどれを証拠金取引と呼ぶべきかわかるだけの金融知識がある前提で見ていたが、あまりきれいな整理がされている感じはしていない。再度誤解のないように言い切るが、私は批判してこき下ろしたいのではない。あくまでも成長してもらいたいという思いで書いている。仮想通貨ビジネスはれっきとした『金融』ビジネスである。金融のプロが監修していることを前提として受け入れたい。しかし現実はそうでもない。その点米国はだいぶきっちりしている。例えばPoloniexのサイトを見るとちゃんと書いている。ExchangeとMargin Tradingという言葉で分けている。まちがっても「FX」は使わない。
また、最近ちょくちょく米国の仮想通貨ニュースポータルの記事を読むが(あまりにも盛り上がりすぎる反面辛辣な批判もある)仮想通貨は既存の法定通貨に対するアンチテーゼとして生まれ育ち(ニューヨークテロやリーマンショック後)、既存の法体系や金融産業から独立したいという自我欲求が前提となっていたが(私の意見ではない)、やはり金融商品であることに変わりはないのだから既存の金融産業やそれを取り巻く規制との融和はしていくほうが仮想通貨の発展のためにはよいというコメントも見るようになってきた。ウォールストリートの金融業界から多くの人材が仮想通ビジネスへ流れているのはICOのホワイトペーパー等の役員リストを見るとよくわかる。
今、日本の仮想通貨交換業者がサービスする種類は全部で4つあるようだ。
- 店頭仮想通貨現物取引(これを多くは「両替所」と呼んでいる)
- 店頭仮想通貨オークション方式(これをほぼすべて「取引所」と呼んでいる)
- 店頭仮想通貨信用取引(米国にはこの概念はない。レバ取引は④だけ)
- 店頭仮想通貨証拠金取引(これを「FX」と呼ぶ業者が多い)
商品の仕様から見れば仮想通貨のレバレッジ取引は間違いなく証拠金取引であり、仮想通貨が「準通貨」であり「通貨」であると定義されさえすれば金商法の店頭金融デリバティブに属するはずである。ただし今はそういう解釈は法的に成立していないということなのだろう。英国ではFX同様CFD取引の一つとして規制されていると先日イギリス人の知人が言っていた。現物の両替業は誰でもできるが、差金決済はすべてCFDのため登録業者しか扱えないと。日本も法体系が早くそうなればいいと思っている。
【結論】
‐日本のこの業界は「FX」という言葉を「仮想通貨証拠金取引」の代名詞として使うのをやめた方がいい。理由は上で述べた通りである。言葉の定義に矛盾している。私はいずれ融合すると思っている前提であるが、将来的に外為証拠金取引業と融合していくときに面倒なことになる。また信用取引は信用取引、証拠金取引は証拠金取引とはっきりその用語定義が確立している言葉を使った方がいい。
2.交換所という呼称
今回の『仮想通貨交換業者に関する内閣府令』で、対象となる業者を「交換業者」と呼び、取引所とは呼ばないことに当局の知恵を感じる。いわゆる東証(JPX)のような金商法で定義する取引所には当たらないという意味を勝手に感じているし、それは合理的だと思う。仮想通貨交換業者はあくまで業者である。取引所という名称であっても、それはつまりオークション方式で客同士をマッチングさせる方法で交換サービスを提供している「業者」である。証券でいう「取次」でもないし金商法でいう「取引所」でもない(例えば公的取引所のように決済と清算が分かれていない)。システムがオークション方式だからと言って金商法の「取引所」と同じではない。公的取引所は顧客資産を徹底的に保全するスキームが長年の知恵と努力で確立している(ときにそれがフラストレーションにもなるが)。一方仮想通貨業は登録制になり区分経理が義務付けられたとはいえ、金商業者のそれに比べればまだ緩いようにも見える。そうしたかなり違ったレベルのシステムに対して同じ取引所という言葉を使うことは個人投資家から見れば若干紛らわしくもあるだろう。
【結論】
‐「取引所」よりは「交換所」がいい。オークション方式と手マーケットメイカー方式の両方を営む業者は特にその方が呼称と実態が矛盾しない。
3.スワップ金利
証拠金取引だから、スワップ金利が発生する。法定通貨同士の通貨ペアの取引で発生するスワップ金利は理屈上インターバンクのフォワード市場との裁定が働いている。今日現在(10月3日)ドル円のスワップ金利は大体1万ドルあたり54円前後である。インターバンクのトモネのフォワードは大体0.45/0.6ぐらいであるから裁定が働いていると言える。ひるがえって仮想通貨のフォワード市場があるかといえば、それはない。BTCJPYのフォワード市場もなければ、BTCの金利市場もない。しかし、先ほどのPoloniexでは、画面の右にLENDINGという文字がある。ここは日本の信用取引でいう貸株借株と同じマーケットを自前で建てている。クリックするとこの画面が現れる。
これを見るとBTCの2Daysの金利が大体0.02%(年利3.65%)でやり取りされていると推測できる。ここからBTCUSDのスワップ金利は裁定理論的に作ることができる。日本でもその動きはある。CoinCheck(純粋な日本の業者ではないけれど)は最大年利5%で株を貸してくださいという広告をホームページ上で打ち出している。貸出期間に応じて最高5%まで貸株(仮想通貨)料を払ってくれる。長期投資で持つ人にとってはありがたいサービスである。ここからも米国の仮想通貨市場はかなりのスピードでその全体的な仮想通貨の市場体系を金融としての体に持っていこうという意思が感じられる。金融商品として成立するには客観的でアクセシブルな金利市場、特にFXのトモネや債券のレポのような超短期の市場は絶対的に不可欠である。
これでBTCの金利の市場が最短のテナーで大体0.02%(1日~2日分)で、一年物で3~5%であるというプレミアム曲線を描いているという市場の輪郭が見えてきた。
計算してみよう。今仮にBTCJPYの直物価格が495,000円で、BTCロングのケースで考える。BTCの運用貸し出し年利が5%で、JPYの借入金利、年利が0.2%とする。そうすると一日当たりのスワップ金利は、67円のディスカウントになる。ディスカウントはBTCロングにしているとスワップ金利受取りとなるという意味である。ここで使った数字はBTCロングとして見ているので実際にはロングの受取なら50円ぐらいでショートは支払いの80円ぐらいが想像できる。
理論的には上記の市場情報が正しいと仮定すればロングもショートも支払いという現象は生まれにくい。生まれないとは言わない。市場の流動性が低すぎるときスプレッドがワイドになり結果ロングもショートも支払いになるケースはある。このスプレッドは金利差という市場の原理を除けばあとは流動性の成熟度と業界の競争原理によってしか縮められない。念のため以下に計算式を書いておく。現実的にBTCJPYの証拠金取引でロングでもショートでもスワップ金利が払いになっていたらそれはスワップ“金利”というよりは“ポジション繰り越し手数料”である。
(表を修正します。例示としてBTCを5%で運用し、JPYを0.2%で借り入れたとした場合で、BTCJPYのロングポジションのケース)
4.現物市場と証拠金取引相場との裁定
あちこちの交換所で証拠金取引(上でいう“FX”)を提供しているが、不思議な現象が見える。原理的には現物市場と同じ水準になるはずなのだが、私が見たサイトでは常時1万円ぐらい高い値段で取引されている。理論的にはおかしい。推定理由は、現物よりも証拠金取引市場の方が買い需要がすさまじく高くかつ売りの流動性が枯渇しているということになる。常時それぐらいずれているので、アビトラのチャンスは薄い。FX(本来の意味)のデリバリーサービスがないからずれていても雪崩とか洪水を起こさない。つまり、現物市場と証拠金の市場を結びつけるサービスがないから高い水位のコップから低い水位のコップに水が流れ込まないで済んでいる。ただ、買っている人は良く考えるべきである。同じものだぞと。この辺がこの仮想通貨市場の未熟さをよく表している。
【結論】
‐仮想通貨取引は立派な金融取引だ。
‐金融の理論、裁定、合理的市場の形成は大切だ。
‐やっと仮想通貨の金利市場が見えてきた。
‐業者はこの市場性を無視してはいけない。
5. 金融用語
業者ごとに同じ意味の数字に違う言葉を使うのは外為証拠金取引業界でも証券業界でもある。業界で統一すればいいのにとずっと思っているが、いまだそういう動きはない。例えば証拠金残高の内訳で、現金残高にあたる部分を「現金残高」、「証拠金残高」、それに評価損益を加算したものを「実預託額」、「純資産」、「有効残高」などいろいろである。それらを甘んじて受け入れても、一つの業者で同じ言葉に違う数字が出てくるのはいかがなものかと思う。“同じ業者”のサイト内で、こっちのページで「現金残高」が125000円と表記され、あっちのページの「現金残高」が114000円と表記されていたら気持ち悪いではないか。よくよく調べれば片方は注文中の約定代金(注文数量x指値)が差し引かれている。そうであれそれは現金残高ではなく「出金可能額」だろう。その程度の単純な誤解と混迷があちこちである。
今回施行された府令において業者は専門的知識と経験のあるスタッフを雇用していなくてはならないという条件が記されている。例えば第24条では(消費生活に関する事項について専門的な知識経験を有する者)が規定されている。その他いろいろ定義されているが、残念ながら「金融知識と経験」を有する者を雇用しなさいとは書いていない。それらに属する「措置」としては書いてあるが、そういう能力を持つ人を雇いなさいとは書いていない。しかし実際に書いてある様々な措置を万全に施すにはそういう知識と経験のある人がいたほうが業者として安心できることは間違いない。いや、いないとできないだろう。上述のように米国の仮想通貨業界にはウォールストリートでディーラーや証券ビジネスをやっていた人たちがたくさん流れ込んできている。アメリカのダイナミズムを支える人的資源と知識の流動性の高さを改めて感じさせられる。なかなか日本では根付かない文化である。
【結論】
‐今からでもいい。金融目線での監修を通すほうがいい。その方が客と業者互いのためである。さしてお金がかかるわけでもない。協会が音頭を取るのが今のところベストに見えるのだが。
小姑のように言い始めればきりがないが、今回は強調する意味で以上の5点についてのみとした。かなり上目線的な表現で恐縮至極だが、私は仮想通貨そのものの将来性を否定はしていないし、嫌ってもいない。最後に、現在の私の仮想通貨に対するスタンスを記しておく。当然時間とともに意見は変わる。
- 投機商品としてはその存在を認めるがまだまだ幼く見える。法的な合理性もまだ流動的に見える。
- 決済の代替手段としては残念ながら今のままのブロックチェインでは円ペッグのほうが優位としか思えない。決済代替手段として使う気になれない。
- またICOはどんどんその法的包囲網が狭められているように思える。しかし日本ではそういう動きはまだない。そしてICOは日本でも始まった。私も勉強として買おうと思って狙っているがこれといったものが見えない。
- ICOは画期的資金調達手段だが、既存の証券による資金調達手段と多くの部分が被る点と、その約9割がうそっぽいか、失敗か、詐欺行為に終わっている現状を鑑みれば規制が入るのは仕方がないと思っている。
- どれもまだ結論を出す段階ではなく、今後の変化と進化に期待している。久々に知的好奇心を高揚させてくれる題材でうれしくもある。
※こちらのコラムは関連サイト「FOREX PRESS」から転載となります。