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尾関高のクリプトポロジー

第1回:繰り返されるゴックスケースから何を学ぶか/What we can learn from “Mt. Gox” cases.

 まず、初回からこのテーマとなることを若干残念に思うが、しみじみ今回のコインチェックの顧客資産流出事件で、いかに仮想通貨の保管が難しいかを思い知らされる。本件について投資家の目線と業者の目線と規制の目線で少しばかり考えてみる。

■投資家の目線

 まず、コインチェックはまだ金融庁の登録が受理されていない業者だったということ。タレント出川さんのCMで最近かなり露出が大きくなっていたから多くの新たな投資家が口座を開いていたことだろうと思うが、未登録業者であるということをどれだけの人が意識していただろうか。未登録というのは登録を申請していなかったわけではなく何らかの理由で当局が登録を受理していなかったということになる。仮に登録がされていたとしても今回の事件は起きるべくして起きたのだろうが、投資家側にはその事実がどれだけ意識されただろうか。



何もこれに限らず海外の仮想通貨のポータルニュースサイトにはしょっちゅうあっちこっちで盗まれたという記事が載る。取引所はハッカーのEasy Targetになっているのは間違いなく、今のところ大丈夫と思える(その根拠は何もないが)仮想通貨業者も常にその危険にさらされている。

自分の金は自分で守るというなら、余計な金は出金し、仮想通貨は自分のスマホのウォレットに移し替えるという防衛策以外今のところ手はない。プロはみなそうしているように見える。法定通貨なら大丈夫と言えばそうだが、業者がそれでつぶれてしまえばそれすら出金ができず、負債が資産を上回れば最悪それすら返ってこない。忘れてはならないのは、仮想通貨「取引所」という名前であっても東京証券「取引所」のような公的なそれとは違い、信用リスクは「相対」である。その点普通のFX業者と変わらない。FX業者は信託が義務付けられている分はるかに安全である。見た目が注文板の客と客とがぶつかり合うマッチング方式であっても、あなたが預けるお金は業者に対する信用リスクにさらされている。だから仮想通貨に関する内閣府令も「取引所」と一線を画すべく「交換所」という言葉を使って一線を画している(その意図でそうしているかどうかはわからないが私にはそう見える)。

そういう意味で誤解を避けるべく、認可ではない仮想通貨業者は「取引所」と呼ばずすべからく「交換所」と呼んだ方がいいとすら思う。英語にすればどっちもExchangeだけれど。

■業者の目線

 今回の流出がどういうメカニズムで行われたかを知らないので何とも言えないが、秘密鍵を盗まれたために起きたとするなら(それ以外想像つかないが)、やはり鍵の保管は難しいと実感せざるを得ない。つまるところ最後は人の問題でもある。

こういうことは法定通貨では起きない。個人の銀行口座資産がパスワードを盗まれて流出することはあっても、銀行側のサーバーから全顧客資産丸ごと盗まれるということはあり得ない。やはりブロックチェインはまだまだ発展途上の技術だなと思わざるを得ない。今仮想通貨に手を出す個人はその発展のための壮大な実験に身銭を切って参加しているという意識がないと受け入れがたい事件でもある。

顧客が買った仮想通貨をコインチェックは外部から仕入れている形跡がないという批判めいた記事を読んだが、仮に業者のモデルがマッチング方式でなく、交換所(両替所)であっても有り余るその通貨の在庫を持っていれば特に毎回外部に買いに行く必要もない。相対取引だからそこには何ら違法性も不法性もないとだけ付け加えておく。ただその分を区分管理していなかったとしたら問題である(具体的にそれは客の仮想通貨資産分を業者側の個人資産を入れているウォレットとは別にするということになるのだろうが、その気になれば簡単にできる)。

■規制の目線

 今回登録がされていない業者での事件だった。結果、登録させない(保留)という判断はその点では功を奏しているが、結果が伴わなかった。登録を義務づけ、しかし登録が何らかの理由でされない業者が、申請中ということで営業を継続できる例は他の法令の施行や改正においていつもあることだが、こと仮想通貨については、もっと厳しくあるべきかもしれない。多額の個人資産を預かる業者が登録されておらず、かつTVCMも流しまくり、法的には分別管理というレベルの実効性のない顧客資産保護しか義務づけられない状態で、さらなる営業攻勢に出ている状態をいかなる理由で放置できるのか。こういう考え方はあくまでも事実の一面でしかないのは重々承知しているし、今それを言うのはいささか後出しじゃんけんでもある。多面的に見ればそれ以上の規制ができない理由もいくつか想像はできる。しかし、だ。こういう事件は今後も起きることはまずもって間違いないだろう。少なくとも投資家はそういう前提で付き合うことが不可避であると思う。

実態もなければ本源的価値すらない、単なるプロトコルでしかない仮想通貨に個人が群がる(ICOによるコイン-Tokenの方がよっぽど本源的価値を感じるが、こちらはこちらで詐欺まがいのホワイトペーパーがあふれている)。

なぜか。

それは相場のボラティリティが高いからである。人の欲は永遠で無限だ。投機商品としての魅力は満載である。あちらこちらで仮想通貨成金が生まれているという情報を耳にすれば余計に魅力的に見える。

しかし、よく考えてからにしよう。仮想通貨のボラティリティは大まかに10%以上ある。一日で平気で10%以上動くことはざら。FXのドル円はせいぜい3%である。ブレグジットの時のポンドで10%ぐらい、スイスショックのスイスフランで30%ぐらい。しかしそれらは歴史的に数年、十数年に1回。仮想通貨はしょっちゅうである。今は下がっても必ず上がる。そう信じて人は買う。久々に「美人投票」という言葉を思い出す。

そうした市場リスクに加えて、資産の保全リスクという法定通貨にはないリスクがある。さらに盗まれやすいというシステム(内部犯行の場合は+コンプラ)リスクまである。これは取引所のウォレットが狙われるという問題もそうだが、自分のスマホのウォレットも同じリスクにさらされているし、スマホ自体が壊れたりしたら(秘密鍵をメモっていないと)もう取り出せない(生き返らない)という物理的リスクまである。

やるなという話ではない。私も勉強のため少額ながらやっているが、そうしたリスクを理解したうえでやることと、全部なくしても諦められる額にとどめるべきだという話である。


最後に、私は仮想通貨そのものに否定的ではない。むしろその可能性に期待を寄せる。ただ投機商品としてではなく、プロトコルとして、である。ただ、プロトコルとしてだけではこの新たな技術の発展はなかなか望めない。そこには欲から生まれる投資マネーを吸着する仕掛けが必要になる。その意味でこの投機市場は有効に機能する。そんなスタンスで付き合っている。一部の悪意がこの新たな技術の発展を妨げないことを望むが、今日見た米国の巨大ICOを詐欺としてSECが資産差し押さえした記事には忸怩たる思いがする。


プロフィール

尾関 高

尾関 高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社、米系企業を経て、現在は日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場、特に近年は仮想通貨の取引システム開発などを手掛けながら、それらにかかわる分野においても積極的に発信する。
著書:「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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