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尾関高のクリプトポロジー

第4回:TOKEN2049に行ってきた/TOKEN2049-What it inspires me

 ちょっと前の話で旬を失ってしまったが、3月20日、21日の2日間、香港のケリーホテルにてTOKEN2049が開催され、行ってきた。「2049」といえばブレードランナーを思い起こさせるがそれにかけているのかどうなのかは知らない。オープニングからMCのノリの良さはとても金融のコンベンションのそれではなく、いわゆる今時のかるい感じのノリでプログラムは進行していく。



各国から取引所の代表、ファンドの代表、技術の代表、研究者の代表といった人たちが登壇し、ピンで、あるいは4人ぐらいのパネル形式でいろんな視点からの演説や議論が行われた。いわゆるクジラ(Whale※)と呼ばれるような大きな取引をOTCでしている連中(FXでいうところのインターバンクの上位、Institutional Marketと呼んでいる)や、ICOビジネスで成功している人たち、あるいはICOをさせるビジネスを成功させている人たちといった派生ビジネスモデルを始めている人たちのプレゼンテーション、交流、さらにB2B市場のOTC専用の取引プラットフォームを開発して売り出している会社のそれを見て回るのは面白かった。また、もう少し学術的な側面から研究する人の話もかなり興味深かった。

※この業界では一取引を約100万ドルから数千万ドル相当の単位で行う連中をクジラ(Whale)と呼び、そのちょっと下のランクをイルカ(Dolphin)と呼んでいる。

■仮想通貨 VS 暗号通貨

 ところで、TOKEN2049とは直接関係ないものの、彼らと話すときに感じたことで、すこし脱線する。


我々日本人が「仮想通貨」と呼ぶ概念の英語は”Cryptocurrency”なのだろうが、Cryptocurrencyを直訳すれば「暗号通貨」になる。「仮想通貨」を直訳するなら”Virtual Currency”になるだろう。Virtualとは、「事実上の」とか「実際の」という意味がある反面(光学的に)「虚像の」という意味もある。システムの世界では「仮想マシン」とか「仮想現実」でVirtualは使われるので後者の意味で用いられる。

個人的にはCryptocurrencyを「仮想通貨」と訳したことに大きな齟齬があったのではないかとも思っている。これを「暗号通貨」と最初から呼んでいたら今のような投機的な市場まで育ったのだろうか。英語でcryptocurrencyというときの彼らの発想は明らかに日本語の「暗号」を意識していると感じたのでちょっとこの話をさせていただいた。

本来私たちが扱っている仮想通貨はむしろ”Digital asset”と呼ぶ方が妥当ではないかと思っている。和訳すれば「電子的資産」ということになる。いったい誰がどこから「仮想通貨」で始めてしまったのだろう。通貨とは何かという定義によるのだろうが、あくまでも実体経済における価値と価値、あるいは価値と物の交換に使えてこその通貨であるとした場合、仮想通貨はまだ通貨の地位を勝ち得ているとはいえず、しかし一方では資産としての機能やユーティリティとしての機能はかなり発揮しだしていると言えるのではないか(※)。現段階の日本において、私の眼にはDigital Assetとしての側面のほうが強い。

※スイスのFINMAが出しているガイドラインにはその区別がわりときれいに定義されているので参考になる。おおざっぱに要約すると、以下の4つのカテゴリーに分類される。
1) Payment Token (= “Cryptocurrency”):価値を交換する、あるいは支払う(譲渡する)
2) Utility Token: それがないと特定のサービスが受けられない。
3) Asset Token: 価値を保持する
4) Hybrid Token: 以上の要素が混じったもの。
これと証券かどうかという議論(米国のSAFE準拠)の問題はまた別の視点になる。この辺の話は次回に譲ろう。

さてなんにせよ、投資家はこれを使って結局富(Wealth)や価値(Value)をどう保持し、移動させるかにこだわっているのであって、それが資産か通貨かといった定義や、分散か集中かという議論も手段であって最終目的ではないと思われる。それらは規制当局、法律家、会計士たちにとっては大きな問題であるけれど、投資家にとっては結局ボラティリティだけが関心事となる。集中か分散かも投資家にとってはさほどの重要性はない。あるとすればそれはKYCを逃れたい輩だけにあるこだわりであり、コインチェック事件のような事故に会えば人々は規制当局への風当たりを強くする。そうなるとボラティリティよりも安全性に目線が動く。安全性やそれを担保すべき規制の概念は集中によって本来もたらされるものであり、人は都合のいい時に分散に賛成したり、集中に賛成したりするのは当然だが、それらを客観的に見つめる連中がこの世界の将来を担っていくのだろう。

■トラストレス

 価値の所有者が移転するとき必ず信用(トラスト)のハードルを越えなくてはならない。それは仮想だろうが現実だろうが同じである。分散化(Decentralization)によってもたらされるトラストレスな価値交換も異種Blockchain standard通貨間の壁をAirswapやAtomicswap技術が乗り越えようとしている。すでにDEXは始まっている。ただ、そこにはまだ法定通貨は入っていない。

しかし、現在米ドルだけで試される法定通貨ペグ仮想通貨(USDTやtrueUSD)がもっと普及し各国の通貨が仮想通貨とペグするようになれば、あるいは国家の通貨そのものを仮想通貨に置き換える実験も進んでいるが、そうなればそうした問題も法定通貨側から擦り寄る形で解決への道のりは短くなる。これができない理由はいくらでも想像つくが、歴史は常にリスクに立ち向かう者の中から勝者を選び、既得権益にしがみついたり、コストに執着したりする者を市場から排除してきていることはAmazon vs. Barnes & NoblesやApple vs. Blackberryを例に挙げるまでもないだろう。

■コンベンション

話をコンベンションにもどす。すべてのテーマを聞いたわけではないのだが、いくつか印象的だったものをサマリーする。


ToraとKeneticは共同でCaspianというシステム開発会社を立ち上げ、プロ向けのOTC仮想通貨取引プラットフォームを開発している。ブースはあったがまだβだった。とはいえ画面はすでにできていた。もろプロのファンドが使うようなプラットフォームである。Toraがいるのだから当然そうだろう。日本にも支店を出した。仮想通貨ファンドが269も立ち上がっているのだから、かれらはすべてこのプラットフォームの潜在顧客となる。

ちなみに先日私が勤める会社がプレスリリースしたJVの会社が作っているのもこれと同様の取引システム(言ってみれば海洋哺乳類用の仮想通貨取引・リスクマネジメントシステム)なので、彼らとはそこそこ競合することになる。

TradelizeはICOで個人投資家向けの取引システムをオムニバス口座で展開しようとしている。これは個人がここに口座を開けばプラットフォーム上にAPIでつながる世界中の取引所でこの会社の口座を経由して取引ができる。当然このモデルは今の日本でやれるわけないと思ったが、その便利さは垂涎ものである。私は米国非居住者だからGDAXに口座が開けない。でもこれなら取引できる。おまけにアビトラやCopy Tradeの機能までついている。あとはそれを使う投資家がこの会社を信用できるかどうかだけになる。金を預けた会社の経営状況が知りたくても公開企業でないためにわからないとやっぱり怖い。ましてやその国籍がどこかの海の真ん中の小島だったりすると余計に不安になる。

■印象的だった言葉。

ノートの取り方も英和訳も雑なので、誰が言ったかは割愛させていただいて、()は私の解釈。

  • 仮想通貨取引を禁止する国家のいう「禁止」とは、つまり「無関係になる」という意味である。いくら禁止しても人が仮想通貨を持つことを止められないのだから「禁止」はできない。だとするなら、果たして禁止は国家にとって有益だろうか。
  • ここは5年もあれば業界のアイコンとして君臨する世界である。(バイナンスは立ち上げて半年で世界一の取引高になった)
  • 速攻ファンディングの世界、シリコンバレーモデルはすでに負け組だ。
  • どこの中央銀行もプライベートバンクもブロックチェイン技術者を探している。
  • 政府が仮想通貨を発行すれば民間銀行システムを破壊するだろう。(リトアニアは大丈夫だろうか)
  • これからの若い世代は、何が偽物(scam)で、何が本物かを見極めながら将来の価値保存(The future savings)としてトークンを手に入れていくだろう。
  • 銀行が抱えるクレジットリスク、システミックリスクは明瞭ではない。(いくらCVAやらなんやらで計量化してもそれが正しく本来のリスクを映し出していると言えるのか、と理解する)
  • BTCが1,000ドルを割ると、ああビットコインは死んだという人。彼は仮想通貨の一面しか見ていない。これはそもそも投機のために生まれたものではない。
  • 現在世の中には226ものクリプトファンドがある。(ほとんどがbulls**tという人が多い。投資家から資金を巻き上げるための客寄せパンダ的に”crypto-fund”と名乗るだけのことという人がいる。当然トレードヒストリーはないのだから投資する側も賭けになる)
  • 仮想通貨事業者には株主とトークンホルダーがいる。株主は利潤を、リターンを求める。事業者は利潤追求を目的とする。しかし本来トークンインフラは公共サービスを担う存在であるべきではないのか。株主のニーズとトークンホルダーのそれは同じか、違うのか。違うなら何が違うのか。ユーティリティトークンは実際にユーティリティを提供しなくてはならない。証券トークンは実際に約束した利益をもたらさなくてはならない。金(カネ)が先で経済(Economics)が後という考えはよくない考えだ。

■トラストレスなトラステッド

 スピーカーにはいろんな分野の人がいた。すべてが仮想通貨で儲けられればなんでもやってやろうという人ばかりではなく、客観的にかつ純粋にこの新たな技術を世界的なインフラとして社会貢献できる形で発展させたいという人もいた。それを象徴するキーワードはやはり「トラストレス」なのだろう。ときに分散化という言葉も同義で使われる。現在の金融業界はトラストフルである。しかしこのトラストはリーマンショックによってNot always trustableということをいやというほど思い知らされた。そうなると何を信じるのかというテーマが生まれる。その究極が、取引一つ一つをすべて透明化することと、トランザクションをダイレクトに(P2Pで)完結させ、第三者を介在させないこととなる。トラストレスで価値を移動させること。そして価値の交換がある場合はその交換レート、交換行為そのものが透明であること。

ここでいうトラストレスとは信用が不要という意味ではない。信用をコントロールする集中的主体が不要であるという意味になると受け止めている。なぜなら一つ一つのトランザクションはブロックチェイン上にProof of Work等のProofによってトラストされるからである。言い換えればCentralized Trust からDecentralized Trustになろうとしていると理解できる。それで仮にトラストの問題が解決したとしても、KYCの問題は残る。アドレスの所有者が透明でないことと、逆にそのアドレスの残高が公開されるということである。このあたりの短所にチャレンジする技術はこれからも続々と現れるのだろう。

普段ネット上にあふれる多くのクリプトニュース、各国当局の規制についてのレポート、ホワイトペーパー、実証実験の研究報告書といった文章を読んでいると当然疲れる。たまにこういう場所に行ってそういう文章を書いている人たちと直接話をするのは刺激的だ。本当に価値がある情報はそう簡単にネットに流れない。こういう場所で口から口へと伝えられていく。

壇上で演説する彼らや、ロビーや中庭で直接会話をする彼らの高い熱を浴びるのはやる気を起こさせるにはもってこいの栄養ドリンクである。



一方、今回香港という近い場所で、どれくらい日本人が来ているかと思ったが、ほとんどいなかったのはすこし寂しかった。壇上で演説するコイン(QUOINE)の栢森さんとあと数名を見たぐらいである。

コンベンションもバブル気味で質を選んで行かないと時間とカネの無駄になるが、私の問題はその質を目利きできる技量を備えるにはどうすればいいかという矛盾である。とはいえ、こうした国際的な舞台で活躍する日本人がもっともっと増えてほしいと願う。


プロフィール

尾関 高

尾関 高

Takashi Ozeki

1986年名古屋大学経済学部卒業。1988年サンダーバード経営大学院(アリゾナ州、米国)卒業。主に日短エクスコにて約9年間、インターバンクの通貨オプションブローカーを経験し、1998年からひまわり証券(旧ダイワフューチャーズ)にて日本で最初に外国為替証拠金取引をシステム開発から立ち上げ、さらに、2006年5月に、これも日本で最初にCFDを開始した。
その後米国FX業者でのニューヨーク駐在や、帰国後日本のシステム会社、米系企業を経て、現在は日本の金融システム会社勤務。そのかたわら、本業のみならず、FXや新たな金融市場、特に近年は仮想通貨の取引システム開発などを手掛けながら、それらにかかわる分野においても積極的に発信する。
著書:「マージンFX」(同友館、2001年2月)と「入門外国為替証拠金取引~取引の仕組みからトラブル防止まで~」(同友館、2004年6月)、また訳書「CFD完全ガイド」(同友館、2010年2月、著者:デイビッドノーマン)がある。

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