仮想通貨取扱業者の「選択基準」とは?
私自身が今でも現役のトレーダーであるということもあり、多くの個人投資家の方から実際に「仮想通貨の取引をするにはどの会社を使うのが良いのですか?」という質問をうける。実はこの質問の多さが世の中の「仮想通貨投資への熱」を一番感じたりもする。最近はやや少なくなって来ただろうか。
しかし、この質問をされた時の返答に少し困ってしまう時もある。
質問者が既に証券やFXのトレーダーで、当たり前のように「金融サービス」としてビットコイン取引業者がしっかりしているものとイメージを持たれている場合だ。古くからのFXトレーダーであれば黎明期のFX業者の危うさ、玉石混合さをご存じなので話は早いのだが、最近のしっかりとしたFX業者しか知らないトレーダーの場合、仮想通貨業界のちょっとした歴史から話さないといけない場面もしばしばある。2014年のMt.Gox事件すらあまり知らない方もいるくらいだ。
■FX投資家のイメージしている「良い業者」とは
そういう方の場合、私に質問する際に期待されている「良い業者」の基準というのが「手数料の少ない業者、儲けやすい業者」と言う意味合いで聞かれることが多いような気がする。たしかに業者によって取引コストの差は大きい。ここでいう取引コストとは次のようなものだ。
- 取引口座への入出金にかかる手数料
- 取引そのものに掛かる手数料(現物取引に際して)
- 信用取引に掛かる手数料(レバレッジをかけた取引に際して)
- 仮想通貨の売値と買値の差額(いわゆるFXにおけるスプレッド)
実際、事業者によってどのコストも割と幅があるように思う。特にスプレッドに関しては日本国内のFX業者のように固定スプレッドでの取引をイメージされている方もたまにいらっしゃるのだが、当然のことながら今の仮想通貨業界でそれは不可能だ。業者内の取引板は相当に薄く、さらにはカウンターパーティと呼ばれる、仮想通貨の仕入れ先の取引板でも為替とは比較にならないくらい薄いため、固定スプレッドで提供をすると事業者が大きなリスクを抱えてしまうからだ。
では、どうなっているかと言うと「市場の取引板にある売買レート」に一定の手数料またはマークアップと呼ばれる上乗せ分を乗せてそのまま顧客に取引レートとして提示し、約定させてしまうのだ。そうなると、大きな枚数で売り買いをしようとするとどうしても買値/売値自体がずれてしまう。例えば100ビットコイン買おうとして、現在の最安値が290,000円と表示されていたとしても、実際にその金額で買えるのは100ビットコインのうちの何割(もしくは何%か)であり、それ以外の部分は表示されていないレート(290,000円よりも高いレート)での約定となる。
これは現状、殆どの業者がこうした約定形式を取っているように思う。約定ログを見ないと実際に全ての枚数がどの位のレートで約定したか解らないことも多く、激しく値が動いている時など、上がってきた約定ログをみてびっくりするようなレートでついていることも珍しくない。
しかも、これらの約定レートやログが取引の事前と事後のどちらでもしっかりと確認できて、取引帳票や取引ログとして残してくれる業者もまだ少ないように思う。
とはいえ、取引面におけるコストの違いであったり、約定ロジックの内容、ログと帳票の管理状況、顧客インターフェースの出来の良さなどユーザビリティ面の差異、と言った話であればまだ健全な差異であり、質問されても前述のようにすんなり説明して答えてあげられたりもする。
■仮想通貨取扱業者を選定するにあたって重要なポイント
私が返答に少し困ってしまうのは、それよりも更に前段にくる概念。下記の様なものだ。
- 顧客情報の取り扱いの適正(個人情報保護)
- 金融サービスとしての営業方法の適正(広告/勧誘手法とその内容)
- カスタマーサポート水準
- 資金力と経営陣の目指す方向性(事業主体として健全かどうか)
上記の様な内容となると、本当に「そもそも営業して良いの?」というレベルの内容であり、なかなか事業者名を名指しで大丈夫です、とか大丈夫じゃないです、といった返答をし辛い。しかし、現在の仮想通貨取引業界においては前述の取引コストよりもこちらの方が断然重要で、しっかりとチェックしないといけない部分と感じている。
広告に関する規制は恐らく今後、金融庁管轄に入ったことで徐々に適性化されていくのではないかと思う。現在はかなりの誇大広告や真偽のほどが疑わしい広告文言も当たり前のように流れているので受け手の側でのフィルタリングは大なり小なり必要となる。資金力や経営陣の方向性は、その事業者の沿革などから推知するしかないし、どこまで行ってもこうした部分は外からは見え辛いので困った時は資本金が大きなところ、または金融事業を他でやっている事業者を選ぶのが良いと思う。
現在、私が考える最も重要な部分は1点目と3点目、顧客情報の管理方法とサポート態様についてだ。ここだけは実際に口座を開いてある程度、投資者自身で事業者の感触を確かめながら入念に確認をして頂きたい。
と言うのも、もともと金融サービス(銀行・証券・FXなど)においては顧客情報の収集とその管理に関して非常に厳格な規定が存在している。口座開設に「厳正な本人確認」が必須なのは当たり前であり、その際に収集した情報は
- それを見れる人間、管理できる人間をしっかりと定めコントロールすること。
- 情報を扱う人間には定期的に情報管理指針に関するテストを実施して記録も残す。
- 情報を保存するのか、破棄するのかの規定と保存する際の施錠・セキュリティ規定の存在。
- 情報を扱う空間(オフィス)には電子キーで入退出管理を行いログも残す。
- 個人情報を扱うパソコンは一般的な外部ネットワークに繋がない(社内LANのみ)
ざっと頭に思い浮かんだだけでもこれらのことをかなり厳重にやっている。上記以外にも個人情報が入っているパソコンのUSBポートを全部潰している企業もあれば、オフィスに携帯を持ちこめない企業もある。これらはいわゆる金融事業者からすれば本当に「ごくごく当たり前のこと」で何をいまさら言ってるの?と言われてしまうような内容なのだ。
しかし、断言しても良いが、現状の仮想通貨取扱事業者でこれらを既存の「金融事業者水準」で達成できていると企業はまだ存在しないと考えている。そもそも、仮想通貨取扱事業者に求められる個人情報管理規定がまだあやふやで法令もやっと少しずつ整ってきている段階なのでしょうがないと言われてしまう面もあるのだと思うが、そうだとしても、上にあげたような項目はさらっと、規定無しでもクリアしないと非常に危ういと思う。
■仮想通貨業界で実際に起きている様々な問題について
私が特に驚いたのは、割と大手の仮想通貨事業者において、自社サービスの顧客以外の人間に自社サービスのメールを送ってしまった事件が頻発したことだ。これを聞いて「なぜそのメールアドレスを保有しているの?」と疑問に思われる方も多いことと思うが、金融サービスにはホワイトラベルという概念があり、ある企業のサービスを他の会社、ここでは仮にA社と規定するが、A社がその顧客にも類似サービスを提供したい場合に元々の事業者のサービス基盤のコピー環境を作成して一定の管理費、取引手数料などを支払う事で利用させてあげる、という事業形態が存在するのだ。これは証券やFXでも割と行われている事業形態なのだが、当然のことながら、そうした仕組みで事業を提供する場合はどんなことがあってもメールアドレスや顧客情報の入ったデータベースやサーバは共有しない。レンタルサーバの乗り入れではなく、仮にも「お金を扱う事業者」の「顧客の重要な情報」なのである。どんなことがあっても他のサービスと共有されてしまってはいけないのだ。
こんなことが実際に起きてしまうと、どちらの事業者の信用も一気に地に落ちることだろう。少なくとも私が利用者であれば今後一切使わないだろうし。私がその事業主体であれば、そのようなサービスを提供してしまった時点で、今後の抜本的な改善が図れないのであればサービスを閉じるだろう。
と、少し長くなってしまったが、これが今の仮想通貨事業者の実情なのだ。勿論、現在は法令施行後、急速に適性化が進んでおりサービス水準は向上しつつある。しかし、これらの情報保護の体制というのは一つの文化であり、理念であり「価値観」なのだ。形式的にそれを満たしているように見えても、銀行などで1円のお金が合わず数時間、行員全員で探したり、作業空間に入る前にポケットの無い服に着替えて携帯類を全てロッカーに入れたり、といった根本的な部分での企業文化、少し言葉が悪いかもしれないが、宗教にも近いような圧倒的な情報保護に対する真摯な姿勢というのは、短期間で醸成するのは難しいと私は考えている。
だからこそ、私は「おすすめの業者はどこですか?」と聞かれると「FX事業者などの金融事業者が参入してくるので、そうした企業の子会社またはグループ会社が良いですよ」と答えることが多い。これは、資本規模の大きさやツールの使いやすさなども要因だが、それ以上にこうした「企業文化」を既に持っていることが大きい。顧客保護、および顧客情報保護の文化が既に一定度に醸成されているのだ。
記事がかなり長くなってしまったため、カスタマーサポートについての詳細は今回は割愛するが、この点についても同様のことが言える。私の良く知るトレーダー複数名から、仮想通貨事業者で不具合と思われる事象に遭遇しカスタマーサポートに連絡をしたところ、到底納得のいかない返答が返って来たという話を聞いたことがある。
実は、私自身も同様のケースを経験している。しかし、現状は自主規制団体や仮想通貨業界を取り纏めている公的機関への苦情問い合わせ窓口といったものはまだ整っていないため、消費者庁を頼るか(それも、かなり大変そうだが)裁判を起こすか、しかない状況だと思っている。普通の個人投資家ではまず、難しいだろう。
しかし、母体が金融事業者の場合はそうはいかないのではないだろうか。
特に、FX事業者の場合は良い意味でけん制されていると思っている。現在も一線で稼働しているFX事業者というのはどこもかなりの猛者だ。月に数千万単位、最大手事業者ともなると月に数億単位の広告費をかけ、自社サービスのブランディングを行っている。その顧客1人当たりの獲得単価は数万円にもなるのだ。
これだけの労力をかけて築き上げたブランドイメージと顧客からの信頼感を守るために、彼らの取り組みは本当に並々ならぬものがある。グループ会社として仮想通貨事業者を保有した場合、どんなことをしても、その顧客に対して一定の顧客満足度を満たそうとするだろう。でなくては、メインストリームであるFX事業者の信頼性に関わってしまうからだ。
と、このコラムではこうした理由から「金融事業者が運営する仮想通貨事業者」を押しているが、これは一方で既存の仮想通貨事業者にも良い意味で奮いたって欲しいからでもある。「そんなこと無い、弊社は金融事業者に負けないこうした取り組みを行っている。」そうした気骨ある事業者が、仮想通貨事業者の第一世代の中からも出て来てくれると良いと思っている。
どんなに金融事業者が参入していったとしても、この仮想通貨業界という業界自体がまだまだ未開の新しい事業分野であり、良くも悪くも不安定な要素があるのだ。古くからの事業者も、新たに法令施行を期に参入してくる事業者も、良い形で緊張感を持ち、顧客保護とサービスの適正に向けて健全な競争を続けて行って欲しいと思っている。